「フルサト」by ハイフェッツ


第9章 イラヨイ月夜浜


(2007年3月18日)

 私が入社してすぐにお世話になったのがA先輩でした。いわゆるジョブトレーナーです。私より4歳年長で、ヴァイタリティあふれる仕事振りのナイスなキャリアウーマンでした。

 教わり、叱られ、励まされ、成果が出たときはともに喜び合い、時には二人並んで上司に怒鳴られたこともありました。

 半年間の新人教育期間を終えたとき、A先輩は言ってくださいました。
「この一年間の経験は財産です。大切にしてくださいね。」

 その後、人事異動で別の部署でお仕事されていましたが、社内ですれ違うときなど気持ちよく声をかけてくださいました。

 人間としてはもちろん女性としても魅力的な方だったのですが、いわゆる結婚適齢期をとっくに過ぎているにもかかわらず、ご本人は「いい相手ができないから」といって独身を貫いていらっしゃいました。

 昨年の九月ごろでしたか、職場の飲み会にたまたまA先輩も出席されていました。いつもの魚の美味しい居酒屋さんでの一次会の後はお決まりのカラオケへ。私はそこで驚愕することになりました。

 A先輩の歌のうまさはうわさに聞いておりましたが、ここまでとは!
驚愕しました。ちょっとやそっとのうまさではない!「イラヨイ月夜浜」を本当に見事に歌われました。

 「唄者達の夜がふけ」の部分と「月夜浜には花が咲く」の部分で声の表情や顔の表情も変化をつける構成力は只者ではありません。何より声が素晴らしい。夏川りみのそれと本質は似ているものの、ややかすれ気味にこぶしを多めに入れるあたりが個性的で心に響きます。

 「イラヨイマーヌ木綿花」の部分。信じられないハイトーンです。ここでも表情に変化をつけてドラマを作り上げます。一緒にきていた人たちもお口がポカ~ン・・・。以降はA先輩の独演会でした。

 よくよく聞いてみますと、A先輩のお父様は詩吟の師匠でお母様がプロの民謡歌手ということでした。小さいときから歌に囲まれた環境で育ち、物心ついたときには紅白歌合戦で歌われていた天城越えを大人顔負けに歌えたそうです。しかもそれは「演奏」と呼ぶことのできる立派なものだったそうです。

 プロになっていたら、とついつい思ってしまうのですが、ご本人曰く、
「ルックスがねぇ・・・」

 イラヨイとは「いとおしい、かけがえのない」という意味だそうです。A先輩にとっていとおしい、かけがえのないものとは何でしょう。

 そんなA先輩がついにというべきか、今年の7月にご結婚なさることになりました。お相手は先輩の故郷近くの海で猟師をされている、とても男らしい方だそうです。私とは似ても似つかないそうです。

 会社は退職されてしまわれますので、あの歌声を聴くことはもうかないません。将来のジュニアに『童神』などを歌って差し上げる姿が目に浮かびます。

 A先輩、どうぞお幸せに!

フルサト エッセイ 2007


夏川りみさんと遊ぼう