「フルサト」by ハイフェッツ
第8章 いい日旅立ち
(2007年3月15日)
今日は午後から大事な会議です。部長、課長はじめメンバー7名で喧々諤々の議論です。Kはまだ新入り同然でしかも女子社員ということもあり中々発言しにくい雰囲気です。先ほどからSさんが発言しています。何だか難しそうな説明を加えながら、部長とやりあっています。Kは心の中で応援します。「Sさん、もう一押し!」
その後、議論は行き詰まり10分休憩を取ることに。他のメンバーは席を離れそれぞれお茶を飲みにいったりしましたが、Kは一人残り、オフィスの窓からぼんやりと風景を眺めて過ごしました。Kは、軽くため息をつきました。
1ヶ月前、Sさんとの何気ない会話の中で「Sさんって、りぃみぃが本当に好きなんですね」と尋ねたときに、Sさんはそれまでに中々見せたことの無い真剣な表情で、
「そう、愛してるのですよ」と答えたのでした。そのことがKの心に影を落としています。
入社以来Sさんにはいろいろ気にかけてもらっています。仕事や会社の相談だけでなく気軽にいろいろな話を聞いてくれました。
ある時、Sさんにコンサートに連れて行ってもらいました。夏川りみでした。Sさんからさんざん聞かされていてCDでその良さはわかっていましたが、生声は初めてでした。とても感動的なステージでした。シートでりみさんの歌を聞いていて、ふと隣に目をやると、Sさんは泣いていました。何だかSさんを少し見直したりもしました。
でもSさんは奥様やりぃみぃのことばかり見てる。別に何も期待はしないけれども、少しさみしい。最近では、あれほど好きになった夏川りみのCDを聴くのが却って辛くて億劫です。昨年だったかNHKの番組で夏川りみが「いい日旅立ち」を歌っていました。25歳のKにとっては谷村新司も山口百恵も実感として知りません。
「ああ 日本のどこかに 私を待ってる 人が居る」と、夏川りみは切なく歌い上げます。
今、「涙そうそう」を聞くのは辛いけれど、そのかわりにKの胸の中で夏川りみが歌う「いい日旅立ち」のメロディと歌詞が揺れ騒ぐように響いています。
KにはKの人生があります。前に進まなければなりません。進んでいくしかないのです。Kを待っている人はSさんではない。そして自分の道は自分で切り開いていくしかないのです。
Sさんのことを父、いや、兄と思おう。
Sさんが教えてくれた夏川りみの歌を胸に前に進もう。
Kは自分に言い聞かせました。瞼からはらりと落ちたものがあります。Kはそれをぬぐいました。Sさんが席に戻ってくるところでした。
《おことわり》
第8章は、完全なフィクションです。妄想といっていいでしょう。25歳の美人が私に淡い恋心を抱くはずがありません。私のちょっとした願望をドラマにしてみましたが、一方でKさんに対する応援歌も書いてみたかったのです。
2月14日にチョコもらえなかったので、3月14日はお返しをすることもできず・・・。