「フルサト」by ハイフェッツ


第78章 海中都市リミュランテスを救え!①


(2008年3月18日)

 プロローグ(1)

太平洋戦争終焉間近の1945年7月26日のポツダムで連合各国首脳による会談が開かれました。での合意に基づいてアメリカ合衆国、中華民国および英国の首脳が、大日本帝国に対して発した太平洋戦争に関する13条から成る勧告の宣言が出されました。これがポツダム宣言です。軍事的には勿論、情報網も含めて「死に体」であった帝国の首脳陣は一度はこの宣言を「黙殺」することを公表しましたが、そののちアメリカ合衆国による原爆投下に止めを刺された形で、1945年8月10日、大日本帝国はこの宣言の受け入れを駐スイス大使館経由で連合国側へ申し出ました。9月2日、東京湾内に停泊する米戦艦ミズーリの甲板で昭和天皇の裁可を受けた政府全権の重光葵と大本営(日本軍)全権の梅津美治郎とが連合国への降伏文書に調印しました。ここに太平洋戦争が終結を見たのです。

 プロローグ(2)

7月中旬、大日本帝国空軍の藤田玲太郎少尉は上長である佐々木大佐に呼び出されました。大佐室に入ると、そこには佐々木大佐のほかにもう一人、立派な軍服をまとった恰幅の良い大物らしい初老の男性がおり、鋭い眼光で藤田少尉を見つめています。気弱な藤田少尉はそれだけで内心ブルブルしていました。

「重要任務である!」と佐々木大佐が叫びました。「直ちに石垣島へ出発せよ!」
「攻撃でありますか!」藤田少尉は驚いて訊ねました。
「いや」と大物のほうが答えました。「重要な任務である」と言いデスクの上に置かれた三つの木箱を指差しました。
「この三つの箱と親書を石垣島にいるオオミミという人物に渡してきてほしい」
「オオミミ、ですか・・・」
「大日本帝国の命運が掛かった最重要任務である!直ちに着手せよ!」と大物は強く命令し、佐々木大佐と藤田少尉は直立不動で最敬礼しました。

その日の深夜、木箱と親書を積み込んだゼロ戦闘機は厚木飛行場を密かに出発し石垣島へ向かいました。乗務員は佐々木大佐と藤田少尉。操縦は藤田少尉が担当しました。飛行は快調で翌早朝には沖縄上空を進んでいました。幸運にもアメリカのレーダーにも引っ掛からずに来ましたが、これまで快調だった飛行でしたが、急にエンジンの調子がおかしくなり、乱飛行を始めました。
「大佐!もう駄目です!不時着を決行します!胴体着陸の準備をお願いします!」そして海上に浮かぶ小さい島のなだらかな丘を見つけた藤田少尉は、思い切って不時着を決行しました。強い衝撃とゴムまりの様に弾む機体。しかしゼロ戦闘機は大破しました・・・。

  ◇  ◇  ◇  ◇  

1.ハイビスカスの美女 

2007年9月11日。
その夜の築地の浜離宮朝日ホールは、暖かい拍手に包まれていました。熱気にあふれる観客の視線と声援の先にはステージの上で満面の笑みを浮かべてアンコールに応える夏川りみの姿がありました。約半年ぶりのステージ復帰となった歌姫は、ブランクを全く感じさせない歌声と絶妙な節回しで観客を魅了し、新たな「旅」をスタートさせたのでした。その観客の中に、藤田玲司はいました。
 
  藤田玲司、45歳。今から5年前、15年以上勤めた調査会社から独立し小さな探偵事務所「フジタ・リサーチ」を起こしました。素行調査や浮気調査が中心的な仕事ですが、調査会社時代に培った表裏様々なノウハウを生かして、時々は警察に協力して刑事事件を解決しています。最近、時効寸前での犯人逮捕に貢献して仕事が一段落しました。なので一週間の休暇をとり、リフレッシュすることにしました。この遅い「夏休み」を利用して大ファンの夏川りみのコンサートに赴いたのでした。

 癒される歌声と歌心に加えて魅力的な夏川りみの笑顔を満喫した藤田は熱気で頭がボーっとしそうな会場をあとにして待たせていたソアラに乗り込みました。運転手は探偵事務所「フジタ・リサーチ」の社員で部下の後藤です。

「ゆっくりと運転してくれ」と後藤に指示し、後部座席でコンサートの様子を思い出していました。そして何気に窓の外を眺めていました。はるか前方を一人の女性が小走りに駆けていきます。時折後ろを気にしながら。
 
  藤田は後藤に尋ねました。「あれを見たか?」
「はい!社長。二人の黒い服の男が尾行しているようですね」
「あれが尾行か?尾行とは気づかれないようにするものだ。気をつけてゆっくり『尾行』してくれ」
「承知しました・・・」後藤は車のライトを消しゆっくりと運転しました。痺れを切らしたらしく男たちは遂に走り出し、女性もまた声を上げて逃げました。が、程なくして女性は男たちに追いつかれてしまいました。
「後藤!今だ!」

 ソアラは音も無く急加速し、男たちのそばで急停車。藤田が飛び出し男たちを蹴散らすと同時に女性をソアラの後部座席へ避難させました。藤田は男たちにトドメのフックとアッパーをぶち込んだため男たちは伸びてしまいました。そして再び素早く乗り込み、ソアラは悠然と出発しました。時間にして五秒ほどの早業でした。

「大丈夫でしたか?お怪我はありませんでしたか?」藤田はやさしく女性に尋ねました。白いワンピース様のドレスにストレートのミドルヘアが美しく、胸に大きな赤いハイビスカスの花かざりを付けていました。先ほどの恐怖からまだ息が上がった状態で声にならず、両肩で大きく呼吸しています。
「落ち着いてからでいいですからね」と藤田は言いました。女性がゆっくりとうなずいた拍子に胸のハイビスカスがポトリと床に落ちました。藤田はそれをやさしくとり座席に置きました。

「助かりました。ありがとうございます」
女性は漸く落ち着きを取り戻しました。「失礼しますね」彼女はそういってバッグから手鏡を取り出し乱れた髪の毛を整え始めました。美しい!と藤田は思いました。女優の綾瀬はるかを思い起こさせる白く極め細やかなで透き通るような肌と、甘く瑞々しい果実のような薄赤な唇。切れ長な目には豊かで深味のある趣をたたえていました。

「私は藤田といいます。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「私、青木佐和子と申します。危ないところをありがとうございました」
「しかしあの男二人連れ・・・心当たりありませんか?」
「いいえ、全然。全く見たことも無い男達でしたわ・・。」

 藤田はふと青木佐和子のハンドバッグが半分空きかかっているのに気づきました。バッグからは夏川りみのコンサートのパンフレットが顔を出していました。
「貴女も夏川さんのコンサートへいかれていたのですね?素晴らしかったですよね。」
藤田は話を持っていこうとしましたが、青木佐和子は余り乗ってこず、
「ちょうどこのあたりで降ろしていただけますか?私の家がすぐそばです」と言いました。
  後藤はゆっくりソアラを停車させ、まるで召使のように後部座席のドアを空けに回りました。青木佐和子は最後に深くお辞儀をして、通りに面した立派な門作りの洋風豪邸へと入っていきました。ソアラはそれを見届けて走り出しました。

「見たか?」と藤田は後藤に尋ねました。
「はい。あの女、あの豪邸に入った振りをして門の横から出て行きましたね」藤田は満足そうに頷きました。
「そう。たった今、暴漢二人組みに襲われたばかりだというのに、何とも落ち着きはらって私を見事に煙に巻いたね。この分なら、青木佐和子という名前も偽名だろうね。・・・ん?」
藤田はシートの下に紙が落ちているのを見つけました。拾い上げると、先ほど青木佐和子のバッグから出ていた夏川りみのパンフレットでした。車から出るときに零れ落ちたのだろうと考え、軽くパンフレットをめくるとハラリと小さな紙片が滑り落ちました。それはパーティーの招待状でした。9月11日の22時30分開始。会場は品川プリンスホテル。

「今からじゃないか!」
招待状を見て藤田は驚きました。「暴漢に襲われたんだ。青木佐和子はさすがに出席はしないだろう」
ふと横を見ると、赤いハイビスカスの花が。これも忘れていったようです。これを持ってパーティーに出席して、青木佐和子に「忘れ物を届けに参上しましたよ」と言ってやったら彼女はどんな表情を見せるのだろう?警戒されるか?それとも愛されるか?藤田は後藤に告げました。

「よし!品川プリンスへ行こう!」

リミュランテスを救え


夏川りみさんと遊ぼう