「フルサト」by ハイフェッツ
第91章 海中都市リミュランテスを救え!⑭
(2008年11月29日)
14.秘宝~三種の神器
高速『リミュータ号』からオオミミと佐々木賢一が降り立った場所は、まるで宮殿の大広間のように広い「空間」でした。ピカピカに磨き上げられた御影石が敷き詰められ、高い天井まで伸びた柱は中央部がやや膨らんだ形状をしています。そう、古代ギリシャの神殿を思い起こさせました。蛍光灯が多くともってはいるものの、全体の印象としてはカラフルでありながらどこか暗い。周りを見渡して、佐々木賢一は「あっ!」と声をあげました。
天井の一部がガラス張りになっているのです。そしてそこから覗くのは、空ではなく「海」でした。しかしじっと見ていると、何か動くのでした。よく見てみると・・・魚、そして珊瑚!何となく暗く感じたのは、空がないからでした。天井から覗く「海」には光がかろうじて届き、まるで水族館のようです。「一体ここはどこなのです?」
佐々木はオオミミに尋ねると、オオミミはゆっくりと答えました。「ここは石垣島の珊瑚礁の真下の海底だよ。ここが海中都市『リミュランティス』なのじゃ」
オオミミは続けます。「古代里美王国が石垣島に避難してきて後は、石垣はとても平和であったという。女王の里美姫の言うとおりに農耕をし漁に出ると、必ず豊作になり大漁になった。そして争い事が起きそうになっても姫自らが仲裁し収めたという。島には音楽が流れ、皆が充実感を持てた、楽園のようであったと伝えられた。敵が押し寄せたとき、敵は里美王国を配下に治めればそれでよかったが、やはり里美姫の求心力を恐れたのであろう。王国を滅ぼすことに決めた。その結果、里美姫はここ『海中都市リミュランティス』に逃れてきた。」
佐々木は黙って聴き入っていました。オオミミはさらに続けます。「ここからリミュータ号に乗って里美姫は行ってしまわれた、と私は聞いている。不老不死の薬は残してはいかなかったが、代わりに素晴らしい『宝』を私の先祖に託していった。それが『三種の神器』と呼ばれるものなのだ」
「・・・・・!」
「そう、鈴木総理から君が預かった『三種の神器』が、それだ」
佐々木は息をのみました。オオミミは顔に疲労感を漂わせつつも、話を続けます。佐々木はその気迫に圧倒される思いで聞きました。同時に頭の中で情報がぐるぐると駆け巡り、興奮を抑えるのに絶大な意志の力を必要としました。
「三種の神器以外にも多くの財宝を託されたはずだが、ご先祖様は甘くないね。生活に窮したり、または政治的な保身のために、めぼしいものは使い切っていたようで、わしがここを初めて訪れたときには、すでにすっからかんの状態だった。」
「すると、三種の神器は?」
「そう・・・三種の神器。この素晴らしい至宝、これだけは手をつけなかった・・・ご先祖様はこれだけは守ったのだと思う」
ここで、オオミミはいったん話を区切り、「宮殿」の内部へと佐々木を誘いました。やはり天井は高く暗いが蛍光灯が灯っています。部屋が多くそれぞれが広い。実際に多くの人がかつてここで生活していた、そんな雰囲気を佐々木は感じ取りました。佐々木の思考を見透かしたように、オオミミは口を開きました。
「この『リミュランティス』は海中都市と呼ぶにふさわしく、まさに人々の生活の場であった。地上の世界と海底の世界。古代里美王国はかつては自由に行き来していた。敵の襲来により門を閉じ、私の先祖であるオオミミヒコ一族が守るようになって、現在にいたっている。わしで最期じゃな。」
オオミミは肩で大きく息を吸って呼吸を整え、核心部分を語り始めました。
「わたしが父から引き継いで『リミュランティス』の門番を務めはじめて20年が過ぎた頃、薩摩と大和の戦争がはじまったのじゃ。」
佐々木は、いつの話だろう?と少し考えましたが、すぐに幕末だとわかりました。
「まず薩摩はイギリスと戦争を始めたが、あっという間に打ち負かされた。この事件が、倒幕運動を全国的に促進し、明治新政府を作り上げる原動力になったことは知っておろう。薩長同盟を組んで幕府とドンパチやっている中で、薩摩の密使がリミュランティスへやってきた。その密使は、『今迄のように鎖国を続けていては何にもならない、近代的な国家づくりのための新政府立ち上げにあたり協力してほしい、琉球を欧米列強国から守らねばならない』と懇願してきた。懇願といえば聞こえはいいが、実際は有無を言わせずにしたがわせる、といったものだった。なぜこんなちっぽけな石垣島に、と思うだろうが、薩摩の狙いは、軍事要塞基地としての琉球・石垣島だった。当時、経済的にも政治的にも、実質的に石垣島を統治していた私であったが、薩摩の軍門に下るしかなかった。時代の先の先を読めなかったし、読めたとしても行動できなかったね。混乱のさなか、悪いことに、里美姫以来の至宝であった『三種の神器』をも、薩摩に奪われてしまった。すべて私の不徳の致すところだ」
「すると、薩摩に奪われた三種の神器が、明治から大正、昭和と時代が下った結果、日本政府から返還されたというわけですか」
「そのとおり。三種の神器を奪った薩摩は、倒幕の中心となり明治政府を樹立した。三種の神器は政府の中で厳重に保管され封印された」
「なぜ三種の神器に執着するのでしょう?」
「それが、『リミュランティス』なのだ。」
「・・・?」
「総理大臣鈴木の役割は戦争を終結させることだった。まさしく死に態であった日本は、どのようにして降伏するか考えに考え抜いた。最終的には、原子爆弾にとどめを刺された格好でポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏したのは皆の知るところであるが、実はその前に、国体の保護が困難になった場合にそなえ、ここ石垣島・リミュランティスに帝国を移動させることを計画した。実際に総理に進言し具体的に立案したのは、薩摩出身の軍人であった藤波征二空軍第三大将だ。リミュランティスが安全な海底都市であり、いつか隠れ家として役に立つときが来るであろうと島津の殿様は考えていたようだ。藤波はそのことを聴いておったのであろう。リミュランティス側と話をつけるためには、三種の神器を返さねばならない、と主張したのだ」
オオミミは、足を止めました。そこはひときわ厳立派な倉庫の前でした。倉庫は、奈良の東大寺の正倉院を一回り小さくしたような大きさですが、石造りで見事な彫刻と、銅を多く用いたきらびやかな装飾が施された、目を見張るほどの立派なものでした。デザインは東洋とも西洋ともつかない独特の美意識に基づいたものでした。
「驚いただろう!リミュランティスの技術に!さっきの『リミュータ号』では科学の極みを、そしてこの倉庫では芸術的文化的な深みを、理解できるかな? そして、この倉庫には、金に換算すれば、現在の東京都の年間予算の半分に相当するほどの至宝が集められていたと伝えられてきたのだ」
そういい、オオミミは懐から複雑な形の鍵をとりだし、これまた複雑な形状の錠前に差し込みました。厳重な施錠をようやく解除し扉をゆっくりとあけ、中に入りました。灯りを点灯させると、佐々木賢一は唖然としました。
・・・中が空っぽだったからです。
「がっかりしただろう? だからご先祖様は甘くないんじゃよ。」とオオミミは笑みをたたえます。
そして、遠くを見つめるような眼をしながら、懐かしむように語りました。
「この地下都市、いや、海中都市といっていいかな、このリミュランティスは長い間放置されていたのだろう。何百年、何千年、いや、もしかすると何万年もの間なのかもしれない。そして、かつて何人もの権力者がここを訪れたことだろう。そしてあらゆる財宝を奪っていった。しかし、『三種の神器』にはだれも手をつけられなかった。その輝きの前に立つと誰もが心がしびれて何もできなくなる・・・」
オオミミは倉庫の奥を指差し、言いました。
「では実際に、三種の神器を見せてやろう!」
◇ ◇ ◇ ◇
リミュランティスから帰ってきた翌月、オオミミは眠るように息を引き取りました。享年154歳。葬儀には驚くほどの大物が出席しました。県知事、衆議院議員はじめ国内外の政治家多数、教育関係者、老若男女を問わず、千人近くが、会場にて故人の冥福を祈りました。佐々木は改めてオオミミの政治的影響力というものを感じ入りました。
佐々木は決心しました。
「リミュランティスの秘密を解き明かそう。そして三種の神器の意味を明らかにしよう。それがオオミミ様への恩返し・・・」