「フルサト」by ハイフェッツ
第92章 海中都市リミュランテスを救え!⑮
(2008年11月30日)
15.いよいよ石垣島へ
藤田玲司と青木佐和子は、羽田空港ロビーで待ち合わせをしました。この小旅行で一気に解決するつもりでいます。搭乗まで1時間余り。二人はカフェに入りコーヒーを頼みました。ウェイトレスが去った後、藤田は佐和子に、あらたに判明した調査結果を告げました。
「佐々木賢一さんと共同で石垣島海底都市遺跡の研究をしていた中国人歴史学者の鄧貴志教授についてしらべました。鄧貴志教授は、なんと現在は石垣大学で教鞭をとっています。石垣島についてから会って話ができるようにセットしています」
「まあ! では佐々木賢一さんの生きていた当時の話ができるのですね」
「そのはずです。石垣大学は昨年開校したばかりの新しい私立大学ですが、現在あるのは文学部だけで学生は150人しかいません。まだ卒業生を出していないのです。文学部の中で中国史の講座を担当しています。教授は現在82歳、高齢とはいえ講義は休むことなく、ほとんど日本語で行うそうです」
「ところで、佐々木賢一氏の『海中都市リミュランティスの謎』を読んでみましたか?」
「ええ、もちろん。一気に読み終えました」と佐和子は目を輝かせて答えました。
「特に、至宝『三種の神器』の意味についての記載や古代里見王国や里美姫の出自についての推察がとても個性的でしたね。そして何より、私が取り組む環境問題に密接にかかわる部分がありました」
「そうですね。珊瑚礁の真下のリミュランティスについての考察については、正直、荒唐無稽な部分が多い。体験に基づいている記述も論評しにくいものです。しかし、海底環境に関する指摘については、今回の一連の事件を解く鍵が隠されているように思うのです」
ウェイトレスがコーヒーを運んできました。その間、会話は中断しました。ウェイトレスが去った後、佐和子が藤田に尋ねました。
「藤田さんは、この『海中都市リミュランティスの謎』をどのようにして手に入れたのですか?」
藤田は、打てば響くように答えました。
「それは簡単ですよ。佐々木常務が、25年前の事件で亡くなった佐々木賢一さんの息子さんであることが戸籍調べから判明しました。ですので、佐々木常務のご自宅へお邪魔して、書斎を捜索させてもらったのです。失踪の手がかりとなるようなものはないか、という点については既に警察のほうで捜索していますので、私は25年前の件を追いかけようと考えたのです。生前のお父さんと何か手紙のやり取りはしていなかったか、あるいはお父さんの研究成果をまとめた著作のようなものがないか、とね。果たして、山のような本の山の中から、その著作を発見したということです。佐々木常務は賢一氏の著作を熟読していたようですね。」
藤田はいったん言葉を切り、思い出したように言いました。
「私もじっくり読んでいて、中盤以降の体験記の部分に登場する『藤田玲太郎』という人物にびっくりしました」
「終戦間際にゼロ戦でともに石垣島へ不時着した仲間の方ですね」
「そう。その『藤田玲太郎』は私の祖父でした。驚きましたよ。こんな偶然もあるのですね。そこで私の祖父の残した本や手紙などを同じく調べてみました。佐々木賢一氏は職業軍人として将来を有望視されていた人物であって、正義感や使命感を持っていたことは、著作からにじみ出る人柄から解かりますが、祖父は赤紙で召集される前は、田舎でのんびりと小学校の図画工作の先生をしており、根っからの臆病者だったようですから、リミュランティスには興味を示さなかったようですね。賢一氏から送られた『海中都市リミュランティスの謎』を、祖父の形見の段ボール箱から見つけましたが、手垢一つ付いていませんでした。殆ど読んでなかったようですね・・・おっと、話が脱線しましたね」
藤田は佐和子の目を見据えて、言いました。
「私の現在の考えを言います。佐々木常務の失踪にはじまった一連の事件は、25年前の事件の揺り戻しだと思います。25年前の事件の犯人はまだ逮捕されていませんし、動機らしいものも不明です。しかし巧妙に仕組まれた計画的犯行であることは明白であると、当時の捜査資料に書かれています。この情報は浜村警部から教えてもらいました。石垣では、当時の捜査に当たった刑事から話を聞けると思います」
「すると、藤田さんは25年前の犯人が、佐々木常務の失踪にかかわっていると?」
「そう考えて良いと思います。佐々木常務が、石垣島の海洋環境の調査を佐和子さんに指示しました。これも今思うと、賢一氏の著作に影響を受けたといえなくもないですね。そして成果を上げ始めたころに、突如失踪しました。佐々木常務が石垣島について関心を高めて、それを公表しようとしたところで事件は起きています。一方、25年前の事件といえば、とっくに時効です。にもかかわらず、また事件を起こす。これは異常な行動だと思いますが、それが逆に考える手がかりを与えたともいえるのです」
搭乗時刻となりました。8時40分発の那覇行きのANAで到着時刻は11時25分。そこで別便に乗り換えて13時ちょうどに石垣空港に降り立つ予定です。荷物を持って二人がゲートに並んでいるとき、佐和子は後ろに視線を感じ、振り向きました。10メートルほど後ろに並んでいたサラリーマン風が、急いで視線をそらし新聞で顔を隠したように見えました。そのことを藤田に告げると、藤田は
「気にしないで。気づかないフリを装ってくださいね」と答えました。
シートに落ちついたので、話の続きです。藤田が続けます。
「佐々木常務の部屋で見つけた『海中都市リミュランティスの謎』は、あなたにお渡ししたものです。その本の序文には次のように書かれていました」
石垣島の美しい珊瑚礁の下には海中都市が存在している。
太古の昔に建設され秘密裏に時の権力者のみが利用してきた。
この秘密について初めて明らかにするとともに、
権力者たちの誤った考え方を正すために関係各位に配付する。
50部に限り印刷する。
1983年2月 佐々木賢一
「つまり、著者の賢一氏が自分で手元においておく以外に、最低50部を製本したと思われます。『関係各位』が、50名であることが想像できます。つまり・・・」
「つまり、その50名の中か、その周辺に犯人がいる、とお考えなのですね」
佐和子は息を呑んで、その序文を改めて眺めました。
「そうですね。佐々木常務の部屋からは、なんとその50名の名簿が出てきました。というより、賢一氏のノートがみつかり、そこに関係者50名の名前がリストアップされていたのです。そのリストを一人ひとり当たっていく、というのが捜査の常道だと思います。しかし、そういう捜査には私は慣れていませんので浜村警部にお願いしました。私は、リストの中の重要人物のみに絞っていきたいと思います。聴いたら驚くような人物が、リストに載っていましたよ」
「誰です?」と佐和子は勢い込んで尋ねました。
「保守党最大派閥領袖でキングメーカーといわれた中村元総理です。ほかに総合商社角紅の中国担当常務や沖縄県知事、那覇市長、石垣市長のほか、中村元総理の懐刀で、官房長官を務めた町田代議士も含まれていました」
「・・・・!」
「私は今回の事件の背景がわかったように思います。今回石垣島に行くのは、このことを確認するためと、そして佐々木常務の救出のためです」と、藤田はきっぱりといいました。
那覇に向かう間、佐和子は考えていました。佐々木賢一氏は『海中都市リミュランティスの謎』の後半部分で、リミュランティスの秘密を明かし、三種の神器の意味について述べていました。三種の神器とは次の3つの宝物でした。
① 琥珀に閉じ込められたモルフォチョウの化石
② 赤珊瑚の巨大標本
③ 不思議な青光を放つ鉱石
中ぐらいのダンボールに収まる大きさと記載されていました。実物を見てみたい思いでいっぱいです。果たして海中都市リミュランティスは実在し、そこに三種の神器が祀られているのでしょうか?
賢一氏は、これらの宝は、リミュランティスを建設した超古代人から伝えられたもので、リミュランティスの存在意義と地球環境破壊への警告であると解釈しています。
佐和子は横に座る藤田をちらりと見ました。藤田は「荒唐無稽」と一刀両断しましたが、佐和子は賢一氏の著作がデタラメで構成されているとは到底思えないのです。実際に殺人事件が起こっているのですから。佐々木氏は恐らく三種の神器に吸い寄せられるように研究に没頭し、謎を突き止めたのでしょう。著作には、リミュランティスへの行き方について具体的に記載してあり、この本を片手に石垣島を歩けば、海中都市にたどり着くのではないか、そして、これは妄想ですが、その場所へいけば、佐々木常務に会えるのではないか、そう心に渦巻いています。
一方、藤田も、石垣島の珊瑚礁下にあるリミュランティスのことを考えていました。古代里美王国も大日本帝国政府も、海中都市リミュランティスを避難場所、つまり一種のシェルターとして利用することを考えました。賢一氏は、「権力者達がそう考えたくなるほど、リミュランティスは住みやく隠れやすい。実際にここで生活が営まれていたのではないか」と推測しています。都市内部の装飾などに過度の「凝り」がみられ、これはここに数世代以上継続して文化的生活を送ってきた証拠としています。そういう面も否定できず、ありうる話とは思います。では25年前はどうだったのか?隠れ家という発想はあまりにも時代錯誤です。25年前の事件のときは、リミュランティスの謎、というよりは、やはり環境問題に絡む賢一氏の指摘が、命取りになったのでは、という思いを強くしています。
那覇で石垣空港行きの別便へ乗り換え、午後1時についに石垣島へ降り立ちました。