「フルサト」by ハイフェッツ
第79章 海中都市リミュランテスを救え!②
(2008年3月18日)
30分後、藤田玲司は品川プリンスホテルのロビーラウンジにいました。現代的な美人ウェイトレスが運んできたコーヒーを味わいながら思案します。藤田は招待状を背広の内ポケットの紙入れから取り出し、再び吟味しました。パーティの名称は『石垣島環境保全研究会発足記念パーティ』であり『理学博士青木佐和子様をご招待』とあります。ということは青木佐和子というのはどうやら偽名ではないようでした。しかもあの若さで博士号を持っている!藤田はますます青木佐和子に興味をそそられていくのでした。会場はこのラウンジを出てしばらく奥に入ったホテル1階の大広間です。
パーティが始まって30分ほどして、藤田は会場へ滑り込みました。ハイビスカスの花を胸に挿しておくのを忘れずに。パーティーの参加者はざっと150人ほどでした。大政党政治家の資金集めパーティともセレブの誕生日パーティとも違う雰囲気です。乾杯はもうすんでいるようで参加者は各々円形テーブル周辺に分かれて歓談を始めています。立食形式で5~6台の円形テーブルにドリンクや料理が並んでいます。
出席者はほとんど知らない顔でしたが、中にテレビによく出ている野党の若手国会議員と与党から政府入りした現職の大臣、またベテラン大物代議士の姿も。環境保護活動を売り物にしている芸能人やジャーナリストもチラホラ。その他、明らかに沖縄系の顔立ちの人たちもいました。みなそれぞれ和やかに談笑しています。藤田も適当にあちこちを観察しながらやり過ごしていました。会場を見回しましたり一通り歩き回ったしながら、青木佐和子の姿を捜し求めましたが、やはり出席はしていないようでした。藤田は少し失望しました。
「皆様、お聞きください」と風格たたえた学者風、いや哲学者といっていいような風貌の温和な50代半ばの男性がマイクで話し始めました。
「本日は『石垣島環境保全研究会』の第一回会合にご出席くださいましてありがとうございました。主催者の杉谷でございます」。拍手が起こります。「本日は研究会で活発な議論がなされ環境保全を具体化して進めていく第一歩となったと自負しております。そしてこの懇親会でもより親睦を深めていただいて研究会の活動を広げ続けていくことができそうです」
ここでバンド演奏が始まりました。曲はいわゆるスタンダードナンバーで夏川りみのカバーを中心としたものでした。沖縄出身のグループらしいのですが、藤田は聞いたことのないグループでした。ヴォーカルの女性は伸びやかな高音が素晴らしく、それでいて粘りつくような土着の香りを残した、セクシーで不思議な魅力のある歌声でした。
藤田はその歌声に後ろ髪引かれながらも、この「会」の中心人物らしき哲学的風貌の杉谷氏を目で追いかけました。杉谷は誰かを見つけようとするように何となく会場を見回しています。その様子を見て藤田は直感しました。「杉谷氏は青木佐和子を探している!」と。そう思ったとき、杉谷氏と目が合いました。藤田のほうを見て優しい目でうなづきました。羊か山羊のような優しい目でした。そして藤田のほうに近づいてきました。
このとき藤田はふと背中に視線を感じました。振り返ると、薄黄色のスーツを身にまとった女性が藤田を見て微笑みかけています。年齢は40歳ほどでしょうか、しかし年齢を感じさせない若さを醸し出しているのは、やや童顔だからでしょうか。かつてアイドルとしてお茶の間でも人気を博した「伊藤つかさ」に似ています。その女性が藤田に歩みより「ワインは如何ですか?」と話し掛けてきました。「日本人ではないな」と藤田はわかりました。発音から推察するとコリアンかチャイナか?藤田は再び杉谷氏の方に目をやりましたが、杉谷氏は他の出席者に同じく声をかけられていました。仕方なく、藤田は黄色いスーツの伊藤つかさ似の女性と話してみることにしました。
「一国民として、人間としてどのように環境保全に寄与できるか、という視点も大切ですよね」と、藤田は一般的な話題をその女性に振りました。それとなくこの『研究会』の実態をつかむための糸口を探そうとしたのです。しかし女性は話題には乗ってこずに「バンドのシンガー、上手でしたね」と答えます。「夏川りみのカバーでしたね。てぃんさぐぬ花、良かったですね」と藤田。「ナツカワリミ?ティンサ・・・ハナ?」女性はよく理解していないようです。藤田は再び「石垣島には何度か行かれましたか?」と訊ねました。今度は「一度も無い」と答えました。そこで藤田は「そうですか。珊瑚礁は実際に見てみないとね!」とジャブを入れてみました。
「少し目が回りましたわ」と伊藤つかさ似の女性は疲れたようなそぶりを見せます。「それに少し息苦しい」。
藤田は紳士的な態度で彼女を支えながら、中庭の方へ目をやりました。中庭にはテーブルに椅子も置かれ、外の空気にあたり都合よさそうでした。藤田は彼女をエスコートしながら中庭へ出ました。「そう、気分がよくなるまでこのベンチに座っているといいですよ。そして冷たい烏龍茶を飲むといい。取ってきてあげますから」。藤田は優しくそう言い、会場のほうへ戻ろうとして歩きかけました。
しかしその藤田の行く手をさえぎる姿がありました。黒服の二人組の男です。そう、ハイビスカスの美女である青木佐和子をつい先ほど襲った、あの二人組でした。しかも今度は藤田には分が悪い。二人の男はそれぞれ拳銃を構え、藤田の心臓にねらいを定めているのです。まさに危機的状況!
「ブラボー!ワッハハハハハ!」突然藤田は叫び、腹を抱えて笑い出しました。
「さっきの仕返しにここまで追いかけてきたのかい?しかもこんな出来そこないの色仕掛けまで使って?」
もう一度藤田は声を上げて笑いました。伊藤つかさ似の女は両腕を組んで不愉快そうに眉をしかめています。
「うるさいぞ!黙ってこっちへ来い!」
男の一人が言葉を荒げて命令します。やはりひどくなまった日本語でした。もう一人の男が藤田に目隠しをし、車へと追い立てました。藤田は目隠しをされたまま乗用車の後部座席へ押し込められました。パーティの出席者達はこの出来事には誰一人全く気づかない様子でした。パーティ会場からもれ聞こえる三線の調べがかすかに聞こえるほかは、周りは静寂でした。
後部座席に二人の男の間に藤田は座らされました。運転手は恐らくは若い男。そして運転席の隣にはもう一人、男が座っていました。目隠しをされていても一味のリーダーとわかるオーラを感じることが出来ました。車が走り出しました。藤田はこのあたりは詳しいので目隠しされていてもどこをどう通ったのかほぼわかります。しかし車はあちこちジグザグにワザと曲がっていくようで、しまいにはわからなくなりました。しばらくするとリーダー格の助手席の男が意外にも穏やかに口を開きました。
「手荒なことをしてすみません。あなた、青木佐和子とはどういう関係です?彼女に頼まれて首を突っ込んでいるのですか?ですか?」これは外国語なまりはなくきれいな日本語でした。首を突っ込む、などという慣用的表現は外国人には無理でしょう。ですからこの男は日本人、声質から藤田とほぼ同年代のインテリ風の中年男性なのだと藤田は理解しました。「青木佐和子?何のことかさっぱりわからないですね」と藤田は白を切りました。助手席の男は鼻で笑い、「まあ、いいでしょう。暫くはドライブに付き合ってもらいますよ」と言い、運転手に小声で何か指示しました。車は高速に乗ったようです。どこへ向かうのか?藤田の運命やいかに!?