「フルサト」by ハイフェッツ
第88章 海中都市リミュランテスを救え!⑪
(2008年5月28日)
11.佐々木賢一氏の著作
杉谷との会談を終えたその日、佐和子は夕方の6時に鎌倉の自宅に帰宅しました。いつもより格段に早い帰宅に、佐和子の両親は目を丸くします。久々の一家団欒での食事もそこそこに、佐和子は2階の自分の部屋に駆け上がりました。藤田に渡された『海中都市リミュランティスの謎』という書籍を読み通すことにしていましたから。
佐和子は『海中都市リミュランティスの謎』を手にとりました。そして表紙を開き、著者による序文をゆっくりと読みました。序文は次のような短いものでした。
石垣島の美しい珊瑚礁の下には海中都市が存在している。
太古の昔に建設され秘密裏に時の権力者のみが利用してきた。
この秘密について初めて明らかにするとともに、
権力者たちの誤った考え方を正すために関係各位に配付する。
50部に限り印刷する。
1983年2月 佐々木賢一
わずか50部印刷ということは、自費出版だったのでしょう。とすると、この本は大変貴重なものであったはずです。藤田の調査能力はさすがだと佐和子は思いました。はやる気持ちを抑えながら、読み進みました。いったん読み始めると夢中になり、時間を忘れるほどでした。休憩なしで一気に読み終えたとき、時計は深夜0時をとっくに回っていました。
第1章は、石垣島の地理・歴史の基本的な説明でした。この部分は佐和子にとってはさほど難しくありませんでした。概ね知っている情報でした。本編へ進んでいくための地ならしの意味も込めて執筆された部分との印象を受けました。
第2章は、石垣島に伝わる『里美姫伝説』についての民俗学的な研究成果の概論でした。この『里美姫伝説』について佐和子には知識がありませんでした。りみ本島に伝わる『里美姫伝説』については読んだことがありました。『里美姫』とは、実在とも架空とも判断が付かない人物で、歴史の節目節目で登場しては王国や島民の危機を救った英雄でした。果たして、石垣島の『里美姫伝説』は、りみ本島に伝わる『里美姫』と同一の起源をもつ伝説で、石垣島の伝説のほうがより古い言い伝えによるものだと説明されていました。そして、石垣島の伝説に特徴的なのは『りみ姫』の出生場所が「海の中」とされています。「海の中」というのは浦島伝説やニライカナイ思想にも通じるものであるとしています。しかし著者の佐々木賢一氏の主張では、この「海の中」は単なる伝説や空想ではなく、実際に海中に都市があり、そこで『里美姫』が誕生したのだ、といいます。
第3章はこの書籍の中心をなすもので、その海中都市の実在について述べられています。この章はこれまでの章とは違い、著者の佐々木賢一氏の体験に基づいて構成されていました。実に具体的で不思議なことが書かれていました。最終章になる続く第4章では、現代において「海中都市」をどう扱うべきかが著者独自の視点で述べられていました。
読み終えた佐和子はベッドに身体を預け、しばらく物思いにふけりました。いや、物思いというよりも頭の中に渦巻く様々な思いを整理しているのでしょうか。序文にもあるとおり、著者の佐々木賢一氏はこの本を1983年2月に出版・印刷しました。そしてその1ヵ月後、ホテルで謎の死を遂げました。関係各位に配布する、という件を実行したのでしょうか、それとも実行する前に事件に遭遇したのでしょうか?その経緯については藤田探偵が調べているでしょう。藤田探偵のことですから、もうすでに「関係各位」のリストを入手し事情を聞いていることでしょう、と佐和子は思いました。現にこの書籍を入手しているのですから。
「石垣島へ行こう・・・」
それがその日の佐和子の結論でした。