「フルサト」by ハイフェッツ
第81章 海中都市リミュランテスを救え!④
(2008年4月4日)
4.いよいよ捜査開始!
一般に、殺人事件は被害者の身元が判明したら捜査の峠を越えたといわれます。無差別的な通り魔などは別にして、被害者の人間関係や接点などを丹念に調べていくことで、犯人に必ず到達するからです。ですから事件が発生するとまず最初に警察が行う捜査は、現場保存などの初動捜査と同時に被害者の身元を割り出すことです。今回は第一発見者、というよりほとんど容疑者といってもよい藤田玲司を同時に確保しているので、被害者の身元は藤田に聴けばよい。主任捜査官として現場の指揮に当たった浜村警部は考えました、「この事件はそんなに難しくないな」。
一方、藤田は実際の尋問に当たった刑事にかなり強く事情を聞かれましたが、ここは素直に協力しすべてを話しました。自身の身元はもちろんのこと、浜離宮の帰り道に青木佐和子という女性とかかわりパーティへ潜り込んだこと、そこで拉致されたこと、その手先となった伊藤つかさ似の女性が被害者であり、日本人ではないようだったこと、別荘のことも話しました。女性を殺害したのはもちろん藤田ではなく、彼らの仲間内でやったことだろう、とも。刑事はにわかには信じられずにいましたが、浜村警部の指示通り藤田の証言の裏づけを取りに走りました。
お昼前には捜査情報が浜村のもとに集められました。そして捜査会議です。以下、判明した内容です。
①被害者女性は中国国籍で鄧美君44歳。貿易会社角紅の中国法人のマネージャーであり、事件一週間前に来日。来日目的はリフレッシュ休暇を利用しての旅行。事件当日の夕方に都内の宿舎を出たあとの足取りはつかめおらず、なぜパーティ会場にいたのかも不明。
②自動車は盗難車で、しかもナンバープレートが精巧に偽造されたもの。
③女性の死因は毒物中毒。毒物の特定はまだできていないが、トリカブトに近いものと思われる。死亡推定時刻は深夜1時から2時の間。
④参考人藤田と女性の接点は環境保全パーティの時のみで、それ以前の接触は確認できない。
⑤藤田は警視庁捜査一課の信任厚く、容疑者リストから外すべき人物であること。
⑥藤田が幽閉されたと主張する別荘の特定が出来た。持ち主は杉谷伸一氏(61)であり職業は弁護士。ただし元東京地検特捜部長を務めたこともある法曹界のエリート。『石垣島環境保全研究会』を主催。今回の事件とは勿論関係がなく、別荘はただ犯人サイドに悪用されたものと推定。
⑦外国人らしき男達やそのリーダーについては目撃者がおらず特定不可能。警察が別荘に駆けつけたときにはもちろん姿を消していた。
以上判明した事実を付き合わせ議論した結果、浜村警部は「犯行は組織的かつ凶悪でしかも政治的なにおいも感じる。これは国際犯罪の匂いが強い。被害者女性については謎が多い。今回の休暇というのも実態は怪しく何らかの秘密の任務を遂行していた可能性が高い。そこで極秘に捜査を進めることとし、公安警察の協力も仰ぐこととする!」とまとめました。
「藤田参考人をどうしますか?」
取調べに当たっていた刑事が質問します。
「捜査への全面協力を条件に藤田氏をひそかに釈放する」
と浜村警部はきっぱりといいました。捜査の常道からはずれた大胆な指令に、会議室ではどよめきが起こりました。
藤田は浜村警部とともに警察署の裏口からひそかに外へ出て、待たせていた後藤の車に乗り込みました。浜村警部は「では藤田探偵さん、報告お待ちしてますよ。必ずですよ」と藤田に声をかけて送り出しました。後藤の運転するソアラは警察署を出て、新宿にある探偵事務所「フジタリサーチ」へ向かいました。
「後藤、心配かけたね」
と藤田は後部座席から運転席へ明るく声をかけました。
「びっくりしましたよ。青木という女を追いかけて品川に行ったと思ったら、朝方に社長から『逮捕された!』と電話があったんですから。押し倒そうとでもしたのかと思いましたよ」
後藤は若干あきれ気味で答えます。
「でも、釈放されて良かったです。やはり数々の難事件を解決した名探偵藤田玲司は警視庁でも一目置かれるのですね。・・・そして指示いただきました調査、進めておきました」
後藤は助手席に置いておいた書類の束を藤田に渡して、説明をはじめました。藤田は書類を猛スピードで読みながら、後藤の説明に耳を傾けました。調査結果は以下のようなものでした。
青木佐和子の素性。神奈川県出身で名門の京葉大学理学部大学院を卒業し業務用洗剤などを製造販売する化学品メーカーに研究員として入社。化学洗剤の水中生物に与える影響に関する一連の研究で理学博士号を取得。29歳で独身。現在は神奈川県鎌倉市の実家から都内の会社に通勤。平日は深夜まで残業である。音楽鑑賞が趣味で、しばしばコンサートに出かけ癒しの時としている。ここ一年ほどは石垣島環境保全のために科学者という立場から意見を述べる機会が多く、珊瑚礁保護のオーソリティと認められつつある。
杉谷伸一、61歳。検事時代に築いた豊富な人脈から弁護士になっても多くの刑事事件で逆転無罪を勝ち取るなど大物人権派弁護士。法曹界での活躍の他、最近は次期衆議院議員選挙に出馬すると噂されている。しかも「新党」を結成すべく省庁を超えた若手官僚のグループや政治家グループと頻繁に会合を行なっている。石垣島へのかかわりは何もなく、環境保全研究会も選挙に打って出るための土台作りではないかと噂される。
「なるほど、大体分かったね。」と藤田は頷きます。
「大体分かったが、はっきりさせないといけないことがたくさんある。私としては杉谷伸一に接触する前に青木佐和子のねらいを知っておきたいが・・・今日のスケジュールは?」
と後藤に聞きます。
「今日は通常通り出社しています。しかし明日は大阪での学会へ出席のため前泊予定のようです。新幹線のチケットは手配済みで、東京を17:00発新大阪19:36着ののぞみ131号の指定を取っています。宿泊はホテルグランド新大阪です。その日の予定はないそうです。ホテルで学会資料の準備をするのではないですか」後藤は打てば響くように答えます。「今、何時だ?」藤田が尋ねると、後藤はこれまた明快に「今は14時ちょうど。まもなく到着する探偵事務所『フジタリサーチ』の仮眠室で2時間程眠っても東京駅には余裕を持って到着できます。新幹線のチケットは取っておきました。もちろん、青木佐和子のシートの隣をね」。後藤はとても優秀な部下です。
「では少し眠ろう」
藤田はベッドに倒れこみました。ずっと眠っていませんでしたから。夢の中で夏川りみの「花~すべての人の心に花を」が流れました。今後の展開はどうなるのか?流れていく先に幸せはあるのか?それでも進むのか?藤田玲司!