「フルサト」by ハイフェッツ
第90章 海中都市リミュランテスを救え!⑬
(2008年11月10日)
13.古代里美王国の終焉
翌日早朝、佐々木賢一はオオミミと2人で密かに出かけました。リミュランティスへ行くためです。オオミミの屋敷は石垣島を一望の下に見渡せる山の中腹にあります。2人は屋敷の裏庭の小さな森の隅にひっそりと立つ古い社の前に立ちました。
「この社の奥にある洞穴に入り進んでいくと、目的地にたどり着く」とオオミミは言いました。社の裏に廻ってみると、果たして洞穴がありました。人が楽に通れるほどの大きな穴でした。懐中電灯の明かりを頼りにしばらく進むと、小さな神棚のような祠があり、すぐ傍に木の扉がありました。この扉は大変古く、所々腐っており、錠前の部分は錆て朽ち果てていました。
「ひどいありさまじゃのう・・・」と、オオミミはそういい扉に手を触れました。年老いたオオミミの腕力でさえも、いとも簡単にこじ開けることが出来ました。
扉の向こうは、これまでとは少し様子が違っていました。これまではただ自然の洞窟のままであったのが、今度はきれいに道が整えられ、平滑に処理された壁には裸電球がセットされています。オオミミが扉の傍のダイヤルを何度か回転させると、道が明るく照らし出されました。そして緩やかな下り坂を描きながら、緩やかなカーブを描きながら、道は進んでいきます。約20mごとに小さな窓が壁に作られており、そこからは外の景色を見ることが出来ました。新鮮な空気を取り入れるためのものであることは明らかでした。
佐々木賢一とオオミミは、ほぼ無言のまま道を進んでいきました。その緩やかな坂道が急に平坦になったかと思うと、これまでの道とは一変してやや広めの踊り場のようなところへ出ました。ここで、オオミミが口を開きました。「これから、トロッコに乗る。この扉の向こうがトロッコの発着場になっている」と、そう言ってから前の方を指差しました。そこには、今度は鉄のような金属で出来た丈夫で重そうな扉がありました。オオミミは、また扉のそばにあるダイヤルを何度かひねると、扉はゆっくりと静かに開きました。その向こうにあるものを見たとき、佐々木賢一は思わず感嘆のため息を漏らしました!
「ほぅ・・・・!」
トロッコと聞いて、炭鉱の中で活躍した前近代的な乗り物をイメージしていたのですが、そこにあったものは、曲線的な形のきれいにメタリック様に塗装された乗り物。そう、例えて言えば、東京で開通したばかりの「新幹線」をもっと格好良くしたものと形容できるでしょうか!
「これは一体・・・?」
戸惑う佐々木を、オオミミは促します。「さあ、これからがリミュランティスへの本当の道だよ」
その「トロッコ」に乗り込み、座席に腰を下ろすと、「トロッコ」は音もなく発進しました。暗い光のないトンネルのような道をぐんぐん進んでいきました。
「この乗り物はな、『リミュータ号』というのだ。リミュランティスの科学技術の粋を集めて開発された、水陸両用の万能船なのだ」とオオミミがいい、「では話を始めよう・・」
オオミミの話はおおよそ次のようなものでした。
オオミミがまだ少年だった頃です。やんちゃで冒険遊び好きだったオオミミ少年は、住まいの裏手にある、なにやら不気味な社を見つけました。そして周辺を調べまわしているうちに、洞穴を見つけたのです。ずんずんと中に進んでいくと、これまた不思議な雰囲気をもった祠を見つけました。そしてすぐ傍に扉を見出し、開けてみようとしましたが、これは堅くてあきませんでした。
オオミミはこのことを父親に報告しました。オオミミと同じく、大きな耳を持つ父親は、うんうんと聞いていましたが、やがて言いました。「そろそろお前にはリミュランティスの秘密を伝えておこう」。
遠い昔、里美王国という小さな国がありました。里美王国は、琉球つまり現在の沖縄を平和に統治していましたが、武力保持を良しとしない政策をとっていたため、やがて内乱が起こり新興の琉球王国に凌駕され、石垣島に追いやられてしまったのでした。
オオミミ少年と同じように、やはり王族たちも洞穴を発見し、そこを隠れ家としました。里美王国はトンネルを掘る技術に特に優れた石垣島現住の部族であったオオミミヒコ一族(オオミミの先祖)の支援を受けながら、ひっそりとこの土地に根を下ろしました。
里美王国の政治は、邪馬台国のそれと似ていました。占いごと、つまり神からのお告げによる政(まつりごと)と五穀豊穣を願う神事、そしてその後のお祭りにより運営されていました。それは石垣島に逃れてからもひっそりと執り行われていたそうです。邪馬台国にカリスマ的な女王がいたように、里美王国にも女王がいました。洞窟の奥の奥に女王は隠れていて、女王を補佐する男性の摂政が実際の政治を指導していました。
洞窟の奥の奥で女王が何をしていたか、誰も知ることは出来なかったようです。それどころか、女王は人前にめったに姿をあらわさず、あらわれたときには顔を彩り鮮やかな仮面で覆っていたのだそうです。
神秘のベールに包まれた里美王国は、石垣島と島民の暮らしを豊かにしましたが、やがて滅亡の時を迎えます。敵が島に上陸し、王国を追い詰めます。島の中央にある山の中腹の砦は包囲されました。そして、人民を戦渦から守るため、ついに里美王国は自ら「消滅」することを選んだのです。
女王であった「リミ姫」は王国の全ての権限を敵に明け渡すことを約束しました。その条件として、島を必ず平和に統治することを敵に約束させたのです。そして自らは砦の奥にある抜け穴を密かに通り、脱出を試みました。そしていよいよ島から出るというそのとき、側近の部下に次のように伝えました。
「私たち里美王国は、平和主義を貫いてきました。武力を用いた争いという手段は決してとらず、天の意志に基づき、話し合いによる政治を行なってきた。今でもそれは間違っていなかっと信じています。今日を限りに、里美王国は消滅する。残念ではあるけれど、これも時代の要請なのかもしれない。人民の心を神が試しているのかもしれない。いつかきっと平和な時代が来ることを信じて、希望をすてないで、戦ってくださいね。そのように人民に伝えてください」
そう言うと、リミ姫は衛士2名とともに小さな船に載りこみました。
最後に「私はかぐや姫と同じね。帰るべき時が来たのでしょうね。彼女のように不老不死の薬は置いてはいけないけれど」と言い残し寂しげに少し笑いました。
その後、リミ姫が無事に脱出できたのか、それとも敵に捕まり処刑されたのか、誰もわかりません。島に残された側近数名はひっそりと暮らしながら、リミ姫の言葉をかみ締めて、静かに生き延びました。里美姫の願った恒久平和の時代が来ることを祈りながら、農業などの産業の発展に努めたそうです。
オオミミの話がちょうど終わった頃、『リミュータ号』が静かに止まりました。