「フルサト」by ハイフェッツ
第94章 海中都市リミュランテスを救え!⑰
(2008年12月10日)
17.第3の事件
「いったい何が起こったんです?」
と、佐和子は緊張した面持ちで藤田に訊きました。しかし、藤田は厳しい表情でまっすぐ前を向いたままです。石嶺警視も腕を組んだまま黙っています。
「佐々木常務が見つかったのですか?」
もう一度訊きました。ようやく、藤田が答えました。
「・・・そうではないです。今日会ってお話を聞くつもりだった鄧貴志教授が昨夜、家に帰らなかった。そして今朝早くに野底岳麓で、刺殺体で発見されました。毎朝そこをジョギングをする少年が発見しました。今、現場に向かっています」
「・・・!」
佐和子は背筋の凍る思いでした。3件目の事件。1件目は25年前の佐々木賢一氏、2件目は藤田を誘拐した鄧美君、そして3件目の鄧貴志教授。藤田は、一連の事件は25年前の事件の揺り戻しと言いましたが、藤田や佐和子たちを封じ込めるかのような犯人の残酷な動きが不気味でした。
現場に着いたときも、まだ薄暗い夜明け前でした。石嶺警視率いる警察と藤田探偵が、既に始まっている現場検証に合流し立ち会っている間、佐和子はパトカーの中で待っていました。意外と早く、15分ほどして藤田は戻ってきました。パトカーに乗り込み状況を説明してくれました。
「今現在は朝の6時前ですが、死亡推定時刻は午前3時ごろだそうです。現在、目撃者の捜索を始めています」
佐和子は、では犯人はまだ島から出ていないのではないか、と思いました。藤田はつづけました。
「昨夜、石垣大学から帰宅する直前、研究室に電話があったそうです。20時過ぎのことです。助手が取り次いで教授につないだそうですが、電話の主は男で『佐々木』と名乗ったそうです」
「・・・!」
「教授は電話の主にとても驚いた様子でしたが、10分ほど話していたそうです。助手の話ですと、会話の中に『リミュランティス』『海中都市』『三種の神器』などという言葉が聞き取れたそうです。教授は電話の主と会う約束をしたようで、電話を切った後、助手にこう言ったそうです。『これから私は佐々木さんと会います。こちらに来るようですが、何時になるかわからないので先に帰りなさい』とね。助手はいったん帰ったのですが、忘れ物をしたことに気付いて取りに戻ったところ、研究室から、教授とやくざ風の男3人組が出てくるところを見たそうです。はじめてみる顔だったそうです。男3人組の中には、もちろん、佐々木常務らしい人はいなかったそうですよ。わたしの勘では、その男たちは、浜離宮であなたに襲い掛かり、私を誘拐した暴漢たちですね」
「では、その男たちが教授を・・・?」
「間違いないでしょう。佐々木さんの名前をかたって安心させたのでしょう」
佐和子は、安心して涙がこぼれました。「よかった・・・」
藤田は続けます。
「ここに、私の部下の後藤が昨日送ってくれた面白いデータがあります」
藤田はそう言い、上着のポケットから写真を取り出しました。記念写真のようでした。
「この中に知ってる人はいますか?」と藤田は佐和子に見せました。
「・・・あっ!」
「そう。真ん中に写っているのは、町田代議士。その隣が杉谷弁護士。そしてその右横に立って微笑んでいるのが、町田代議士の息子で、町田健史。私を誘拐したやくざ風の男です。町田健史は坊ちゃん育ちで甘やかされ、不良の仲間に入り手がつけられないほどだったそうですが、今は町田の秘書として真面目ぶっています。が、時には危ないことも引き受けているようですね。研究室の助手が見かけたという男たちの中に町田健史がいれば、町田健史を殺人教唆で逮捕できます」
捜査は峠を越えたようです。藤田は写真を石嶺警視に提出しました。直ちに非常線が張られました。逮捕は時間の問題となりました。
◇ ◇ ◇ ◇
藤田は佐和子を促してパトカーを降り、『海中都市リミュランティスの謎』を片手に山の中腹へ向かって歩きました。その辺り一帯は、かつてオオミミの屋敷があった場所でした。2人は、佐々木賢一氏が本に記した通りに進みました。すると、やはり屋敷跡の片隅に、小さな社があり、小さな石碑が建っていました。石碑には、
「里美王国発祥の地 ここが神の国ニライカナイ(海の彼方)へ続く霊道であり、里美姫はこの奥で誕生したとされる」
と刻まれていました。石碑は比較的新しく作られたものでした。藤田は社の中の小さな祠の扉を開けて、小さなハンドルを引きました。すると、祠の後ろに人間一人がやっとは入れるくらいの洞穴が現れました。
「おぉ!これがリミュランティスの入り口! ・・・佐々木賢一氏の書いたことは本当だったんだ!」と藤田は感激しました。
二人は洞窟に入り込み進みました。また小さな祠があり、扉があり、・・・・長く緩やかなカーブを描くトンネルがあり・・・。トンネルの行き着いたところは広い踊り場になっているはずでしたが、本には記載されていない、新しい扉がありました。一見するとごく普通の住宅のドアであり、チャイムまで付いています。洞窟の中なのであたりがうす暗いため、蛍光灯が赤々とともっています。見ると表札があり、「里美姫之守」とあります。
「リミヒメノカミ?と読むのでしょうか・・・」と、佐和子はつぶやきます。
「とにかく入ってみましょうか」と藤田はチャイムを押しました。しかし何度か押しても返事がありません。そこでレバーをもってドアを引くと、開いたのです。
「ごめんください!」
やはり返事がありません。玄関に入りました。普通の家庭と全く同じです。玄関の奥はリビングダイニングになっているようです。
「失礼しますよ!」
藤田はそういい、靴を脱いで上がり、佐和子もそれに続きました。部屋は暖房が効いており、奥のキッチンでは音がしているので人はいるようです。テーブルには4人分の朝食が用意されていました。座席の前にカードがおいてあるのに佐和子は気づきました。読んでみると、『青木佐和子様』とかかれてありました。藤田もそれに気づき、隣の座席のカードを見ると、『藤田玲司様』と!
二人は顔を見合わせ、もう二人分のカードを見ました。『里美姫之守』、そして『里美姫之守の母』とかかれてありました。
「これは一体・・・?」
そう思ったとき、キッチンの方から明るい男の声が聞こえました。
「二人とも少しばかりの遅刻だね! 時間厳守と教わらなかったかい?」
声の主が、キッチンの間仕切りをあけて、部屋に入ってきました。笑みをたたえた初老のその男性は、紛れも無く、佐々木優一常務でした!
「佐々木常務!」
佐和子は叫びました。非難の気持ちが込められていたかもしれません。「皆、とても心配しているのですよ・・・!」
しかし、驚きと嬉しさから、その後の言葉は、声になりませんでした・・・。
「申し訳なかったね・・・色々と考えた上で、こうすることが一番だと思ったんだ。私が『里美姫之守』としてリミュランティスを守っていかねばならないと思うのです」
佐々木はそう言い、二人に着席を促しました。
「難しい話は、食事の後にしよう。折角のスープが冷めてしまうよ。藤田玲司さん、初めまして。このたびはありがとう。おかげさまで、父の敵が討てました」
「いいえ、どういたしまして。佐々木さんのお父様と私の祖父の縁は、とても不思議でした。因縁めいたものを感じましたね」と藤田も笑顔で応じました。
着席した佐和子が、ふと思い出したように言いました。
「では、この『里美姫之守の母』というのは・・・」
ちょうどそのタイミングで、キッチンからワゴンを押してくる人影が現れました。背中が曲がった小さな可愛い元気なおばあさん、佐々木リエさん95歳その人でした。