「フルサト」by ハイフェッツ
第93章 海中都市リミュランテスを救え!⑯
(2008年12月3日)
16.石垣島での捜査
石垣空港近くのレストランで藤田と佐和子は食事にしました。藤田はラフティ定食を、佐和子は沖縄そばを注文しました。店内のBGMでは夏川りみの歌う「芭蕉布」がしっとりと流れていました。1時を過ぎているせいもあってか、4人掛けのテーブルが10セットほどとカウンターが10席ほどでしたが、食事をしている客は、二人のほかには家族づれにカップルの合計3組ほどでした。
「まず、佐々木賢一さんのお宅に行きます」と藤田は言いました。「伊達に長寿の国ではありませんね、賢一さんの奥様が存命で、元気な95歳だそうです」
「すごいですね、すると、25年前の状況を覚えていらっしゃるでしょうか」
「そう期待しましょう。そして次に役場へ寄ろうと思います。これはリミュランティスについての言い伝えやなんかを聞いておきたいためです。郷土史家として精力的に活動していた賢一さんのことですから、役場や教育委員会などにも、当時のことを覚えている人がいると思います。そして25年前の事件を担当した刑事に会います。石嶺という名前です」
ラフティ定食と沖縄そばが運ばれてきたので、話は中断しました。藤田はラフティを一口食べ、
「これは美味い!」と思わず声をあげました。佐和子も麺をすすり出汁を一口、唸りたくなるような美味さでした。
「内地では味わえないものですね~」
二人はしばしの間、食事に没頭しました。
佐和子が異変を感じたのは、店を出てすぐでした。勘定を済ませて店を出たとき、強い視線を感じました。おもわずその方向に目を向けると、10メートルほど離れた場所に30歳くらいの若いジーパンの男が立っていて、あわてて顔の向きを変えたように感じられました。羽田空港で感じたものと同じでした。
藤田にそのことを告げると、
「放っておきなさい。相手は尾行が下手なんですね、きっと。いや、われわれに何らかの圧力をかけているつもりなのかもしれないですね」
と、藤田は笑みさえ浮かべて余裕ですが「しかし一応、注意しましょう。」
藤田はそういうと、その若いジーパンまで近づき話しかけました。ジーパンは驚いた様子でしたが、逃げたりするそぶりは全くありませんでした。1分ほど話していたでしょうか、にこにこ顔で藤田は佐和子のほうへもどってきました。
「彼は沖縄県警石垣署の刑事です。警視庁とのタイアップで極秘に任命された特命刑事です。ボディーガードを兼ねてわれわれに張り付くそうですよ。浜村警部はさすがに手を打つところは打ってますね」
佐和子は、ホッと胸をなでおろしました。
佐々木賢一氏の自宅は、米原にある、平屋の農家でした。レンタカーを門の前にとめ、
「ごめんください!」と藤田は3回ほど大きな声で呼びかけました。ようやく、腰の曲がった小さなお婆さんが現れました。そして藤田を見るなり、
「あれまあ! 藤田の玲太郎さんそっくりじゃ」
それだけのことで、お婆さんの心が開きました・・・。
佐々木賢一の妻リエは95歳でしたが、頭はしかっりとしており、25年前の事件についても詳しく覚えていました。捜査が進展しないことから何度も何度も再捜査をお願いに警察へ掛け合ったそうです。当時のメモをしっかりと保存していました。
「本当に、私は被害者の側なのに、警察は訊くばっかりで、わかったことを全然教えてくれないんですね。結局、何にもわからないまま捜査は終了ですよ」
リエからは警察への不満が出るばかりでした。藤田は別の角度から訊ねてみました。
「リエさん、ところで息子さんの優一さんとは連絡が取れましたか?」
「ええ、3日前に電話がありましたよ」とリエは、うって変わって嬉しそうに答えました。
「えっ!」佐和子は驚きました。
藤田も意外な返答に戸惑いながら、たずねました。
「東京の吉川工業製薬の常務の、優一さんですよね。現在失踪中で捜索願が出されていますよ!」
「それは知ってます。事情があって行方不明ということにしているが、解決すれば出てくるから、それまでは警察にはだまっているように言われたよ。あの子のことじゃから、なんにも心配しとらんよ」
と、リエはいい、佐和子に顔を向けました。
「佐和子さんのことは、優一から聴いておりますよ。とてもしっかりしたお嬢さんで、後継者が見つかったといって喜んでおりましたよ」と優しく言いました。そして戸棚の引き出しから、大事そうに小さな封筒を取り出し佐和子に渡しました。佐和子は封筒を開けると、中には1枚の便箋が入っていました。
青木君へ
いつの時代にあっても、テイク・ザ・アクション!だよ。
佐々木
佐々木家を後にしました。佐和子は涙をこらえきれませんでした。佐々木常務が元気でいてくれたということが嬉しくて。佐和子を助手席に乗せ、藤田はレンタカーを走らせ役場へ向かいました。佐和子がようやく落ち着くと、藤田は言いました。
「無事が確認できてよかったです。私は佐々木常務は誘拐されたのではなく、自ら失踪した可能性を考えていました。警察がかなり捜査した結果、事件性がないと判断していますから。しかし石垣の母親からそのことが聞けるとは思っていませんでした。でも、おめでとう、よかったです。しかし・・」
藤田は考えを整理するように話しました。
「しかし、自ら失踪する理由は何でしょう?」
「私は・・・お父様の仇を討つつもりなのではないかと思ったのですが・・・」
「その線かもしれない。石垣の環境問題に取り組んでいるうちに、父親の事件の真相に近いところに触れてしまった。会社の研究業務として遂行する部分は佐和子さんに任せて、個人の恨みを晴らすために失踪という形をとっているのでしょうか・・・いずれにしても、もう少しデータが必要ですね」
市役所では情報が得られず、担当職員に紹介された教育委員会のほうへ回りました。そこでは知念という30歳くらいの若い印象の元教員が応対しました。名刺を渡し、佐々木賢一氏のことと海中都市リミュランティスのことを訊ねました。
「佐々木賢一さんのことですか!」と知念はおどろいてきき返しました。驚き方が異様でした。藤田はすかざず、訊きました。
「どうかしましたか? 佐々木賢一さんについて私たち以前に尋ねてきた人がいるのですか?」
「は、はい。問い合わせを受けたのは今月に入って4回目です!」と狼狽しながら答えました。
「では、私たちの前の3件について聞かせてもらおう」
「1回目は1週間前に東京警視庁の浜村警部からの電話でした。2回目は5日前に同じく東京の杉谷弁護士という方からの電話で、いずれも佐々木優一さんに関係しての問い合わせでした。そして3回目は昨日の夕方に直接窓口にこられました。これは異常でした。やくざっぽい30歳代の男性と中国系か朝鮮系2人のあわせて3人組で、佐々木賢一に関する問い合わせが誰からあったかを教えろ、というものでした。私は、明らかに脅迫されているという印象を受けました」
「顔ははっきりと覚えているかね?」
「勿論です!」
「では、違うことを訊きます。リミュランティスについてはわかりますか?」
「それはもう、郷土史家にとっては『夢』ですから!」
知念はうって変わって顔を明るくして言いました。
「ほう・・・!」
「里美姫伝説の発祥の地が、この石垣島であるという説を、佐々木賢一さんが明らかにしてから、その視点で研究する人が増えました。」
「では、リミュランティスへは自由に行くことができるのですか?」
「それは無理ですよ・・・リミュランティスというのは空想の都市であって、石垣島の珊瑚礁の下に眠っているのですよ。信仰の対象として祀られているということなんです。入り口とされる洞窟は見つかっているのですが、中は行き止まりです」
知念は、佐々木賢一の集大成である『海中都市リミュランティスの謎』については何も知らないようでした。
これを機に、藤田と佐和子は話を切り上げました。
25年前の事件を担当した石嶺刑事に会いに行きました。浜村警部の口添えがあったおかげで、民間人である二人にも捜査情報を伝えてくれました。石嶺刑事は事件当時31歳で警部補でしたから、叩き上げの刑事の中ではかなり早い昇進といえるでしょう。それだけ鋭いものをもっていたようです。現在は警視に出世し石垣警察署長を務めています。石嶺警視はその事件のことをよく覚えていました。
「佐々木氏が誰かに会う目的でホテル『珊瑚』に宿泊したのは間違いありません。佐々木氏が旅館に入ったのが夕方の5時過ぎ。部屋で食事をとっているときは、特に変わった様子もなく、仲居が佐々木氏に『私を訪ねて来る人があるとおもうから、部屋へお通ししてください』と言われた、と証言しています。結局、佐々木賢一氏がホテル『珊瑚』で人と会った形跡はありませんが、夜の8時から10時まで外出しています。外出先で誰かと会ったケースは想定できます」
「足取りは確認できましたか?」と藤田が尋ねました。
「必死で探しましたよ。私は、佐々木氏とあった可能性のある人物として、ある男をマークしたのですが、その途端、捜査にストップが掛かりました。その男はある有力政治家の秘書でした」と言い、石嶺警視は無念そうに両手のこぶしをすり合わせました。
誰ですか?と訊ねるのには答えず、そして言いました。
「今回の捜査は、25年前の弔い合戦です。地獄の底まで追いかけて、必ず犯人を逮捕しましょう!」
ホテル石垣の一室のベッドに入っても、佐和子はなかなか寝付けませんでした。これまでのこと、そしてこれからのことが頭に渦巻き、考えがまとまらないのです。おそらく明日明後日にも、藤田が事件を解明するでしょう。藤田は名探偵です。しかし浜村警部や石嶺警視の持つ警察の匂いというものを感じさせませんでした。かといって、本で読んだ浅見光彦のように単独で先へ先へと進んでいくわけではない。優秀な部下や警察人脈の情報を最大限生かしながら、警察の目の行き届かない部分にスポットを当てて直接あたって行く。そして集められた情報をしぼり組み立てることで、犯人をあぶりだす、そういうやり方でした。
事件が解決すると、自ら身を隠している佐々木常務はどうなるのでしょう? そしてリミュランティスの謎は見事に明かされるのでしょうか? そんなことを考えているうち、いつしか眠ってしまいました。
翌朝、けたたましく鳴りひびく電話で叩き起こされました。緊迫した声の藤田からでした。
「今からリミュランティスに行きます!10分後にホテルの前をパトカーで出発します!でてこれますか?」
「すぐにまいります!」
ベッドからはね起き、身だしなみもそこそこに部屋を飛び出ました。ロビーでは藤田が待っており、すぐにパトカーに乗りこみ、出発しました。石嶺警視も一緒でした。夜明け前の午前5時20分でした。