「フルサト」by ハイフェッツ


第87章 海中都市リミュランテスを救え!⑩


(2008年5月24日)

10.六本木ヒルズの宮殿

 藤田と佐和子は日比谷のラウンジを後にして六本木へ向かいました。杉谷弁護士が構える事務所が六本木ヒルズにあるからです。その六本木ヒルズでは、まるでモデルのようなスタイルの美しい受付嬢に案内されて、足をとられそうなくらいフワフワした赤いじゅうたんを歩いて、漸く杉谷弁護士に面会することが出来ました。上等の背広に身を包んだ恰幅の良い紳士でしたが、哲学的風貌の奥には油断なら無いものを発散させています。

「どうも初めまして。杉谷伸一です」
そう言い、名刺を取り出し佐和子と藤田に渡しました。石垣島環境保全研究会代表世話人という肩書きも印刷されたものでした。
「初めましてなのですが、青木佐和子先生とは何度もメールのやり取りをしていましたので、初めてという気がしないですね。あなたとはパーティでお目にかかりましたか」
あとの方を藤田のほうを向いていいました。

「青木先生がパーティにおいでにならなかったので、どうしたのかと思っていましたら、翌朝、警察から問い合わせが来て、もう頭がこんがらがりましたよ」
と藤田をちらりと見て本当に困ったようなそぶりを見せます。藤田は(たぬきだな。元東京地検特捜部長とは思えない)と思いました。

 初対面の佐和子をリラックスさせようとするためか、それとも弁護士という職業がそうさせるのか、杉谷はよくしゃべりました。環境問題やポリシーについてなどなど。

 藤田は杉谷の話を受けてジャブを入れることにしました。
「石垣島の環境を保全するということですが、目的は何ですか?」
「それは、あなた・・・・」
そんなことも知らないのかと今にも言いたそうな表情を見せながら、杉谷は続けます。
「石垣島はシンボルなんですよ。人類、特に近年の日本は目先の利益・快楽を追求するあまりに大事なものをおろそかにしてきたのです。そして・・・」
杉谷が再び演説をはじめようとするのを手で制しながら藤田は続けます。
「それはいいのです。東京地検特捜部長まで上り詰めたあなたのことです。そのたった一つの理由だけで動くとは思えない」
「決して大げさではなく、地球環境を考えていかないと、これからの社会は成り立たないのですよ」

 藤田はそれには応じずに、次に質問を投げました。
「ところで、次期衆議院議員に立候補する準備を進めているという情報がありますが、本当ですか?」
「まあ、そのような話は頂いていますが・・」
と杉谷ははぐらかすように曖昧に答えました。しかし佐和子には杉谷が満更でもなく感じているように受け取れました。
「当選されると、環境保全のための政策を打ち出していくのですか?」
「それは勿論、そうです」
「何でも与党である保守党からの出馬ではなく、新党を結成してそこから出馬すると聴きましたが」
「まだ何も決まってませんよ、藤田さん」
「しかし研究会の発足と無関係というわけではないでしょう?」
この追及に杉谷はさすがにウンザリしたようでした。

「失礼しました。では本題に入りましょう。私は青木博士の依頼を受けて佐々木常務の行方を探しています。失踪してから1年以上経ちます。なにか連絡なりございましたか?」
「それを私も心配しているのです。また研究会の方でも佐々木常務を中心に活動を推進していこうと考えていた矢先でしたので・・・」
「つまり失踪には全く心当たりがないというのですね」
「もちろんです」
「青木博士は、様々な方法で圧力をかけられて研究活動に支障をきたす状況になってきています。恐らくは佐々木常務の失踪と関係があると見て間違いないと思います。青木博士や佐々木常務に危害が及んでいながら、杉谷さんには何もないのですか?」
「そうおっしゃられても、本当に何もないのですが・・・」

 この杉谷が本当に元東京地検特捜部長なのかと思いたくなるほど、このやりとりに佐和子はひらめきを感じませんでした。そう見せておいて、藤田が感じたのと同じく(たぬきかな)とも思いました。藤田とのやり取りは続きます。

「また環境問題に話を戻しますが、最大のポイントはエネルギー問題をどうするか、石油に代わるものは何か、ということであって、石垣島の珊瑚ではないでしょう?」
「勿論それは承知しています。だからシンボルだと申し上げている。身近なところから改善していこうということなのです。」
「ほう・・・」と藤田は感心したように相槌を打ちます。「庶民とともに歩もうということなのですね」
「その通りです、わかっていただけましたか」と杉谷は大きく何度も頷きました。
「よくわかりました。では別の質問をさせてください。佐々木常務と最後にお会いになったのはいつですか」
「それは失踪する日の3日前です」
「2人で会ったのですか?」
「いいえ、保守党の町田先生と3人で会食しました」
「ほぉ・・・! 前官房長官とですか!お親しいのですか?」藤田は驚いて訊ねました。
「色々と相談に乗っていただいているのですよ」
こう話したとき杉谷は何とも嬉しそうな気持ちを顔に出しました。

「そのときにはどのような話が出たのですか?石垣島の話は出ましたか?」
「それはもちろん。佐々木さんも町田先生も熱く激しく語っておられましたよ」と言い、「そういえば、あなたの話題も出ましたよ」と佐和子の方を見ました。
  藤田は続けて尋ねます。
「青木博士の話題になったということは、学会発表のことについて話していたのではないですか?」
「内容については良く覚えていないのです。恥ずかしながら酔っ払ってしまって・・・ですが、確かにそうだったと思います。何とかセメントとか混和剤とか責任問題だとか話していたような、、、」
「その町田先生はこの間のパーティに出席されていましたが、やはり環境問題にご執心なのですね」
「はいそれはもうよくご理解いただいています」

「では、また話題を変えますが」と藤田は言い、「東シナ海のガス田の話には関係していますか?」と聞きました。
「いいえ、私はタッチはしていません。石垣島とは地域が違いますから」と杉谷は余裕で答えました。
「では中国関係者で知り合いはいますか?」
「お付き合いは無いですね」とこれも胸を張って答えます。
「では、佐々木賢一という人物を知っていますか?」
この質問に対しては、杉谷はきょとんとした表情で戸惑ったように首を振るのみでした。
「ではこれにて失礼します。」藤田は唐突に質問を打ち切ったので佐和子は少し驚きました。

 * * * * *

 二人は杉谷法律事務所を出て、近くの小さな喫茶店に入りました。
「彼の環境問題に対する姿勢、どう思いましたか?」と藤田は佐和子に尋ねました。
「杉谷弁護士は、環境問題どころか石垣島についてもあまりよくわかってらっしゃらないですね。そしてやはり政治に興味がおありになるようですね。結局は石垣島環境問題を利用しての政界進出をもくろんでいるのでしょうね」

「するどいね」と藤田は持ち上げ、「しかし利用しているのは町田元官房長官ですね。杉谷弁護士は利用されているのでしょう」と言いました。
「それはつまり町田元官房長官が、私の研究活動を妨害し佐々木常務の失踪にかかわっていると?」
今度は佐和子が尋ねます。

「ますます鋭いですね!しかし断定はできません。まさか直接手を下すことは無いでしょう。それはこれから調べます。少し時間が必要です。調べが済んだら、一緒に石垣島へ行きましょう!そこで海中都市リミュランティスを探しましょう!」

 六本木ヒルズの宮殿のような法律事務所を構え、一目でそれとわかるような上等の背広に身を包んだ元東京地検特捜部長が石垣島環境保全運動について語る様子は、どこかちぐはぐでした。杉谷弁護士から感じたのは、名誉欲にかられ有力政治家に取り入る役人崩れの姿であって、佐々木常務の哲学とは全く相容れないものでした。佐和子は運ばれてきたコーヒーを一口飲み、カップを置きました。味わうほどのものではなく、黒いお湯でしかありませんでした。

リミュランテスを救え


夏川りみさんと遊ぼう