「フルサト」by ハイフェッツ


第85章 海中都市リミュランテスを救え!⑧


(2008年5月10日)

8.杉谷弁護士

 新大阪発東京行の新幹線のグリーンボックス席内で藤田は佐和子を待っていました。佐和子が学会でレクチャーする様子をさっきまで見ていました。容姿端麗なら声もよし。本来なら難しく理解しにくい専門的な話を実にわかりやすく噛み砕いて話していました。わかりやすいから質問も出やすい。質問に対してはいやな顔一つせず、微笑みさえ浮かべてしっかりと答える。それを聞いていてほかの聴衆の理解も深まる。すばらしいプレゼンでした。そして何より怪しい動きもなく無事に終わったのでした。

 佐和子がやってきました。藤田の姿を認めるとほっとしたような笑顔を見せて黙礼しました。佐和子がシートに落ち着くと、それを待っていたように新幹線がゆっくり動き始めました。
「どこまでお話ししましたかしら?」
話したいことがたくさんあって、佐和子はどこから話してよいのか迷っている様子。そこで藤田が質問することにしました。
「では昨日の出来事について教えてください。そして杉谷弁護士との関係について・・・」

 * * * * *

 佐々木の失踪以来、佐和子は尾行されたり空き巣に入られたりなどの被害にあいました。学会発表以降の様々な異様な圧力を感じていた佐和子は「これは佐々木常務の行方不明に絶対に関係がある!」と直感しました。しかし、どこの誰がこんなことをするのか全く見当がつきませんでした。研究は続けました。社長直属であった佐々木常務の後押しがなくなったせいか、社内でも徐々に立場が微妙になってくるのを、肌で感じるようになって来ました。やはり、ビジネスに直結しない研究は営業・経理出身の役員には嫌われるものです。また、今は「株主」の利益を第一に考える風潮ですし・・・・。
  そんなある時、一通の電子メールが佐和子に届いたのです。差出人は、杉谷伸一という名前の弁護士でした。佐和子は杉谷氏とは一切面識も無く接点も無かったので、奇妙な気がしました。以下が、そのメールの内容です。

『吉川工業製薬株式会社 基礎研究室 青木佐和子博士 殿
突然のメールにさぞかし驚いていらっしゃることと存じます。杉谷伸一と申します。私は東京で弁護士として活動しながら、環境問題、特に沖縄の自然環境保護に取り組んでおります。現在は、石垣島珊瑚礁に関する研究会の設立に向けて準備を進めています。具体的には、会の意義を理解し同感するメンバー達と共に、勉強会を開いて知識・理解を深めながら、政府や自治体などの関係機関に働きかけを行ない、環境保護の大切さを訴えかけるということをはじめています。近く「研究会」という組織を結成していく予定です。
青木先生のご活動を拝見する機会がございました。石垣島赤土の組成分析に関する学会発表には大変感銘を受けました。企業人のお立場としては、かなり踏み込んだ内容であると感じました。青木博士を私どもの会のトータルアドヴァイザーにお迎えすることができれば、より一層と充実した活動に発展していくと考えております。是非、青木博士には会の趣旨をご理解いただきましたうえで、何卒私どもの活動に参加いただけませんでしょうか?
  よろしくお願い申し上げます。
添付資料には会のこれまでの歩みや参加者名簿などを同封いたしました。ご参考にしていただけましたら幸いです。

                         沖縄環境保護グループ 代表世話人:杉谷伸一』

 佐和子のもとには、このような勧誘メールが時々来るので、一読してこれもその一貫であると思いました。しかし添付ファイルにあった参加者名簿には50人程が名を連ねており、そのメンバーが佐和子もよくその名前を知っている有名人が多く含まれていたのです。政府与党の大物代議士、最大野党の若手国会議員、環境ジャーナリストにアルピニスト、アウトドア派で有名なテレビタレントなどなど。他に、同業の会社役員や研究者、大学教授も見知った人物。中には共同研究に取り組んだ学者も含まれていました。

「あっ・・・!」
と佐和子は思わず声を上げました。参加者リストに佐々木常務の名前を見つけたからです。にわかに胸がドキドキしてきました。すぐにでもこの杉谷氏と連絡を取ろうとするのへ、『チーム佐和子』の金城恵子が言いました。
「佐和子さん、気をつけましょうよ!何かの罠かもしれませんよ。この杉谷という人物について調査してみます」

 金城恵子はインターネットと電話を使った情報収集の達人で、あっという間に調べ上げました。その結果、杉谷氏が実在の人物で、メールに記載の研究会の活動も確かなものでした。つまり、杉谷氏は信用に足る人物であると。だから佐和子は杉谷氏と連絡を取り合うことにしました。

 何度かメールでやり取りしました。佐々木常務は杉谷伸一氏とは大学の同級生同士であり、そのとき以来の親友であること、佐々木常務の影響で杉谷氏が環境問題にかかわることになったことなど・・・。

 杉谷氏から、「会の名称を『石垣島環境保全研究会』として、9月11日に第一回の勉強会を行ないます。発足記念パーティを勉強会終了後に行ないますのでご出席ください」との連絡がありました。しかしその日は、研究の仕事でしりあった沖縄石垣島の関係者より「夏川りみコンサート」の招待を受けており、どうしても抜けられない事情があったので、パーティのみ出席ということにしました。そして「パーティのみの出席とさせてください」と返事をしたのでした。

 * * * * *

「この後のことは、藤田さんもご存知の通りです」と佐和子は話を結びました。
「なるほど。そういういきさつでしたか」と藤田は頷きました。「ではその暴漢2人組については、やはり心当たりが無いのですね」
「そうなんです。直接的に私に接触してきたのはあれが初めてでした。怖くてあまり覚えていませんが中国人のようでした。ひどく中国語なまりの日本語を話してましたね」
と佐和子は怯えて答えました。ついおとといのことなのです。無理もありません。

「異変を感じたのはいつからですか?」藤田は尋ねます。
「夏川さんのコンサートの開場前のロビーで関係者とお話しているときに、いやな視線を感じて振り返ると、あの二人組があわてて目をそらしたように思えたのです。そのときはそれだけだったのですが、終演後に会場を出ようとすると、私の行く手をさえぎるように出口でたって待っていたので、わたしは隙を見て逃げたんです」

「なるほど。・・・私の車にハイビスカスやパーティの招待状を置いていったのも警戒のためですね」
「ごめんなさい・・・」
「いいんですよ。それでこうして相手のこともわかってきたのですから。私の動きが敵をかく乱したようですね。昨日今日と、あなたへの攻撃は収まっているようです。油断はできませんがね。相手は凶悪です。用心に越したことはありません。護衛はしっかりいたしますので、その点のみ、安心してください」
と藤田は自信たっぷりに言い切りました。追い詰められた男の顔ではなく、余裕を発散していました。

 ここで、佐和子がふと気づいたように藤田に尋ねました。
「藤田さん、大事なことです。すっかり甘えてしまいましたが、私は何も持っていないのです。充分な御礼ができないのです・・。」
藤田は、なんだそのことかという顔をして答えました。
「正義のための仕事です。報酬も経費も一切要りませんよ。ただほんの時々、私のためだけにあなたが微笑んでくれたら、それで充分なんです・・・」
佐和子は頬を真っ赤に染めてうつむきました。

リミュランテスを救え


夏川りみさんと遊ぼう