「フルサト」by ハイフェッツ
第5章 涙そうそう
(2007年3月1日)
ほんの時々ですが、ボランティアで老人ホームや病院でヴァイオリンを弾いています。幼稚園や少年院に行ったこともありました。ヴァイオリン1本のときもあれば、カルテットのときもあれば、ギタリストと一緒のときもあります。そんなにレパートリーも無いのですが、40~60分程度であれば、トークもおりまぜて何とかやっております。
クラシックの名曲もいいのですが、やはり老人相手のときは、懐かしい歌謡曲が喜ばれるようです。時には、リクエストされることもしばしばです。
2年程前でした、韓国ドラマ「冬のソナタ」が日本でブームになりました。街という街いたるところであの主題歌が流れていましたね。もちろん私は直ちに自身のレパートリーに、その有名なメロディーの主題歌を取り入れました。
弾いてみての実感ですが、何だか安全地帯・玉置浩二の曲に似ています。
私はこの曲を幼稚園でのステージにかけることにしました。といっても、ターゲットは元気で天真爛漫な幼児たちではなく、幼稚園の先生や幼児のお母さんたちです。いやらしい話ですが、その辺りの人たちをターゲットにしておくと、またお呼びがかかるかもしれないと!
さんざん子どもたちと遊んだ後、「おまけ」扱いで冬ソナを。この日の編成はカルテットでした。ホールでのコンサートと違って、60人ほどのお客様の直ぐ前で弾くので、聞き手の反応が良く分かります。
「冬ソナ」はなかなか良い選曲だったようで、私共の拙い演奏でもドラマを思い出して涙ぐんでいる人もいました。しかし、この後想わぬ展開が・・・。
園児の一人の祖父様と思しき人物が突然質問。
「この曲はなんや?」
「ですから韓国ドラマの『冬のソナタ』の主題歌で・・・」
「何?よく分からん。どこのどなたやて?」
うまい駄洒落に半笑いになりましたが、祖父様は続けます。
「そんな曲やめて、りぃみぃの曲を弾かんかい」
「りぃみぃとは、夏川りみのことですか?」
「そうよ。涙そうそう弾いてくださいな」
祖父様の隣に座っていらした祖母様もリクエストします。
涙そうそうは弾いたことありません。楽曲は勿論知っていました、このときは既に大ファンになっていましたから。でもカルテットの楽譜がありませんので、ヴァイオリン1本で即興で弾くしかありません。覚悟を決めて、伴奏無しで弾きました。
(演奏、しっかりと心をこめて・・・)
私は弾きながら、この曲の持つ力・素晴らしさが改めて分かった気がしました。そしてこれはそのまま、夏川りみの力なのだと思いました。ヨン様のときはただ聴いているだけだった聴衆が、今は皆が涙そうそうにあわせて体を揺らしながら聴いてくれています。祖父様も祖母様も保護者も先生も園児たちも。
拙い、本当に拙い演奏であったにもかかわらず、終演後は「涙そうそう、ありがとうね~」「良かったですよ~」「またお願いね」と声をかけてくださいます。
私はこの曲が弾けた喜びを感じつつも、「またお呼びがかかるかもしれない」などと、不純な気持ちで人前で演奏していたことを、深く深く恥じ入りました。