「フルサト」by ハイフェッツ
第69章 もうひとつの邪馬台国~里巫女伝説⑭
(2007年11月29日)
エピローグ
美奈子たちの徐福研究はその後さらに検証が進められました。そしてその成果を朝田新聞日曜版に隔週連載の形で発表を開始しました。決して専門的に過ぎず一般読者の興味を斯き立てる文体で書かくことをモットーとしていました。
主たる記事は美奈子記者が担当し、専門的な説明や両論併記しなければならない仮説の解説記事などは吉田教授と智秋助教授が執筆しました。三者に加えて毎回違うゲストを迎えての対談記事も掲載した、オールカラーの見開き4ページの大きな連載です。朝田新聞社が21世紀の世に問う文化事業としてかなりの力の入れ様であることが分かります。本家の邪馬台国の活躍する400年以上前に、九州北部に邪馬台国の祖となる一大勢力があった!まさに「もうひとつの邪馬台国」です。
意義のある研究・探求ということにはとどまらず、内容が面白い。日本の源流、遺伝子もさることながら文化や習慣、今では当たり前の感覚になってしまっている感性等、読む人それぞれの心に結びつくないようであるからです。一つの可能性として除福の渡来に注目しますが、こうだと決め付けるのではなく、大まかな歴史の流れを説明しているので、「ああ、こういうこともありうるな」と納得できるのです。当然読者からの反響は大きく、単行本化の話が進みました。このため美奈子記者と吉田教授と智秋助教授は再度各地の取材を敢行しましたが、そこにはテレビ朝田のカメラも同行しました。実は単行本と同時に、テレビ朝田のスペシャル番組としても企画されたのです。そして全ての取材・撮影・編集が終了いたしました!
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師走の中旬、品川プリンスホテルで書籍『もうひとつの邪馬台国~徐福王子と古代日本の黎明』の出版記念パーティーが開かれています。これに先立ち、朝田テレビで放送予定の同名の特別番組の試写会も開かれました。吉田教授や智秋は勿論、美奈子記者も初めて完成映像を視聴しました。
沖縄の青い海が映し出されます。ザザーザプンという波の音、そしてギイギイと櫂をこぐ音。それは遥か昔に江南地区から台湾を経て沖縄に移り住んだ古代人達の視線であったことでしょう。危険を伴いますが夢を見ることの出来た航海だったはずです。主題歌の他、全編に渡り音楽を担当したのは夏川りみです。古事記に収録の有名な詩を、透き通る素晴らしい歌唱で表現しています。
倭は 国のまほろば
たたなづく 青垣 山隠れる
倭しうるはし
放送日は2008年1月2日、3日。2夜連続で午後8時から10時30分という大きな枠でのお正月特別番組です。ですからお茶の間では、大晦日の紅白歌合戦で赤組のトリで夏川りみの熱唱を聴き、明けて2日3日には今度はテレビ朝田で夏川りみの唄をめいいっぱい堪能できるのです。ここだけの話、智秋真介にとってこれほど嬉しいことはありません。
嬉しいといえば美奈子でしょう。パーティの冒頭、吉田教授の挨拶でのコメント。
「これまで『徐福』を取り上げる人はまともな研究者にあらずといわれておりました。しかし、これからは『徐福』について考察しない人こそ研究者にあらず、といわれるでしょう」
美奈子は恐縮し、吉田教授と智秋に何度もありがとうございましたといいます。
智秋は会場を見回し、夏川りみを見つけギョッとし、そして微笑みました。夏川さんと秦沙織が仲良く談笑していたのです。そっくりな2人のショットというのも中々ないでしょう。吉永小百合を足したような美人の美奈子と、夏川さん似の秦沙織と、そして夏川りみさんご本人に囲まれてデレデレの顔のままパチリと記念写真。一生の思い出です。
スペシャル番組の中で里巫女伝説に関する部分はミニドラマ仕立ての構成でした。徐福を演じたのは名優西田敏行。そして相手役のリミを演じたのが何と秦沙織でした。秦沙織は突然の女優デビューに、早くも自分を見失いそうですが、そこは吉田教授がたんまりとお灸を据えました。正月休はたっぷりの宿題に追われるはずです。
このデビューはテレビ朝田のプロデューサーの仕掛けによるものでした。実は夏川りみさんに女優デビューのオファーを出したのですが、「わたしは歌を歌うことしか出来ないさ~」という理由で、キッパリと断られました。頭を抱えていたところ、そっくりさんが目の前に・・・。という裏話もあります。
吉田教授は旧知の仲である神社伝承学の権威の原教授とこんな場所でもディスカッションしています。徐福すなわち大物主神であるという発想は、かなり考証が足りないことは分かっています。実はこの部分は吉田教授とは意見が分かれたままになっています。ま、しかし、結構いい線いっているのではないかと智秋は自画自賛しています。
智秋は、二つの問いについて考えていました。
一つは、もし歴史上の人物に生まれ変われるのであれば誰になりたいか?徐福の側近の家来になりたいと智秋は考えるのです。リミと徐福の伝言のやり取りを仰せつかり、あまりに悲しい結末を生み出してしまったほんの小さな誤解を解くことで里巫女を救いたいのです。
二つ目は、フルサトとは何だろうということです。徐福はフルサトをどう考えたのでしょうか。徐福にとっては斎国も中国大陸も小さすぎたのかもしれません。また、自分のフルサトのことよりも引き連れてきた数千人の若い同士の未来ことで必死だったのかもしれません。本質的に仕事人間だったのでしょう。救いは、徐福は性善説の権化のような人だったことでしょうか。徐福と徐福集団の「話せば分かる、争いごとを良しとしない」という哲学が今の日本にも生きています。逆に秦の始皇帝は韓非子の性悪説を信じて徹底的な罰則規定で人民を統治し苦しめ、結果としてそれが秦帝国を滅亡へと導きました・・・
智秋はそんなことを考えながら、いつしかぼんやりと夏川りみさんを眺めていました。番組でも使われ印象に残った「時代」を心で聴きながら・・・
夏川りみさんが智秋の視線に気づき、照れたようにくすっと笑いました。智秋も微笑み返しました。
(『もうひとつの邪馬台国~里巫女伝説』完)