「フルサト」by ハイフェッツ
第66章 もうひとつの邪馬台国~里巫女伝説⑪
(2007年11月16日)
智秋と美奈子は佐賀県に来ていました。
佐賀県の金立神社は徐福を祭神とする歴史の古い神社であり、徐福研究には欠かすことの出来ない聖地です。智秋と美奈子はここを訪れるのは2回目になります。山の頂上にある金立神社から見渡せる有明海。おそらく徐福はこの景色を毎日毎日幾度となく眺め、考えたのでしょう。国のありかた、平和への思い、愛する「りみ」のこと、そしてフルサトのこと。
いつか美奈子と智秋が三輪山と箸墓古墳をお散歩デートしたとき、
「文献を隅から隅まで睨んでいたところで本当のことは分からないわ。こうして夕日に染まる三輪山をゆったり感じていた方が、古代の人々の気持ちに近づける気がする・・・」
と小一時間ほどただただ日が暮れるまで2人で眺めていたことを思い出します。
金立神社での最後の取材を終えて、帰途につこうと山を下りていたところでした。おばあさんと小さな女の子が仲良く手を繋いで歩いているのにすれ違いました。かわいそうに女の子は左腕を怪我したらしく、ひじに包帯を巻いていました。
「徐福はんによーくお願いして治してもらおうな」
「うん!おばあちゃん」
と二人の会話が耳に入りました。
美奈子はそのおばあちゃんに尋ねました。
「金立神社の徐福様にお参りですか?」
するとおばあちゃんは答えます。
「いいえぇ。徐福はんといったら『兼久神社』に決まってますよ。お願いしたら病気でも何でも治してくれるんですよ」
「兼久神社ですかぁ?」
美奈子は顔を智秋に向けますが、智秋も知らない名前でした。
「おばあちゃん、その兼久神社に連れて行ってもらえますか?」
金立神社のある山のさらに奥に入ったところに「兼久神社」はありました。とても小さく鳥居の無い古い神社ですが、植木の手入れや境内の掃除も行き届いており、格調の高さを感じさせます。美奈子と智秋は緊張してきます。これまでの調査から漏れていた「兼久神社」。どのような神社なのか?
お参りを済ませた後、智秋と美奈子は兼久神社の巫女さんに名刺をわたし、神主(神官)にあわせてくれるよう巫女さんにお願いしました。その若い巫女さんは名刺と二人の顔を見比べるようにして、奥へ引っ込みました。結構長い時間待たされまして、5分ほどして中へ通されました。
本殿は意外に大きく、40畳ほどの広い和室に通されました。そこでさらに30分ほど待たされました。ふと目を横にやると、山の自然をそのまま庭として採りこんでいるらしく、中庭と思われる空間には美しい滝が5メートルほどの高さから勢いよく落ちてきています。身を清めるのでしょうか。そして、正面には神棚が祀ってあり、祭神の名前を大きく記した軸が掛かっています。その祭神の名前が「天照国照不老不死徐福御大神」と記されています。
漸く神官が姿を見せたとき、美奈子たちはハッとしました。神官がとても若くて美しい女性だったからです。30代前半は過ぎていません。目鼻立ちがくっきり。大きく吸い込まれそうな黒い瞳はとても印象的ながらも優しく慈愛に満ちていました。意志の強さが感じられるしっかりした眉とほのかに赤みを帯びた唇が、色白で丸みを帯びた顔の中でよく映えています。黒い髪をまとめてアップに結い上げていて、その生え際さえも美しい。やや小柄で細身の身体に白い着物と金色の袴を身にまとい背筋をピンと伸ばした姿勢での立振舞いは日本舞踊のような完成された動きを見せながらも、美奈子たちに決して窮屈さを強いることは無く、むしろゆとりを与えるほどでした。
美人には2種類あるんだと、智秋は思います。一つは凄みのある美人。完璧な美人で男性を夢中にさせるオーラを放っているような女性、近寄りがたいけれども虜になってみたいような女性、魂を吸い取ってしまいそうな女性。もう一つの美人のタイプはチャーミングな美人。打算の無い心で微笑みかけてくれる、言い換えれば母性でしょうか。今、目の前に居る神官は後者のほうだ、と智秋は感じました。
「兼久りみと申します。本日は遠いところをお越しいただきましてご苦労様でございます」
「・・・!」
驚きました。かの歌姫の本名と同姓同名です!智秋はこれまでの調査の経緯と仮説の一端を説明しました。そして、この兼久神社の由来と徐福との関わりについて取材を申し込みました。
兼久りみは目を閉じ、少しの間考えている様子でした。そして決心したように大きくゆっくりと息を吐き、目を開けて言いました。その目は慈愛に満ち、二人の若い訪問者への信頼を表すものでした。
「では兼久神社に伝わる『里巫女伝説』についてお話いたします」