「フルサト」by ハイフェッツ
第67章 もうひとつの邪馬台国~里巫女伝説⑫
(2007年11月21日)
「もう一五年か・・・」
徐福は有明海を見つめながら呟きました。山の中腹に建てた居城からは眼下に広がる佐賀平野の豊かな棚田とどこまでも美しい有明海を一望することが出来ます。この有明の海は徐福のフルサトである江蘇省の連雲港に驚くほど似ています。秦帝国の始皇帝の命を受け、不老不死の薬を探しに東方の蓬莱山を目指して出航し、程なくこの地にたどり着いて以来、一五年がたったのです。船は40人乗りでしたから100隻の船という大集団で出発しました。天候と風に恵まれ全部の船がここにたどり着き、全員無事に「自由の国」作りを始めたのでした。
前もって調査しておいたから農耕、特に稲作に適した土地にすぐに根を張ることが出来ました。先住民との折衝においても大きな衝突は無く、共存共栄が出来ています。先住民の素晴らしいところは、新しい技術を素直に取り入れ習得してしまえる好奇心と貪欲さでしょう。徐福ら北方の習俗とは違い、中国南方の文化と共通するものを持ち合わせており、元来は農耕よりも魚採りなどの方が得意分野なのです。
徐福らは秦の始皇帝の命令を受けてはいましたが、いよいよ出発というときには腹をくくり、逃亡の決意を固めていました。共に出航した3000人の童男童女も多くはそれぞれ家庭を築きました。先住民族と結ばれた場合も多く、物質的にも満たされた幸せな国づくりを始めることが出来たのでした。
徐福自身も家庭を持ちました。先住民族による古代都市国家である吉野国の国王ミライの親戚にあたる「リミ」という女性と結婚しました。可愛く利口で優しい素敵な女性でした。もう5年になります。
人々は狩りにせよ魚採りにせよ農作業にせよ働いた後にほっとする時間、癒される時間が必要であり、こうした需要が「噺芸」「踊芸」「唄芸」などを生み出しました。つまり他の作業はしなくてよいから人を楽しませるために一生懸命考えなさい、という一種の専門家(プロフェッショナル)が必要とされていたのです。リミはこの中でも「唄芸」に極めて秀でた「唄者」であり国王ミライの血統であるという毛並みのよさもあり、人々の憧れの存在でもありました。徐福が上陸した時には、歓迎式典において唄を披露し、以降の双方の和やかな融合に貢献しました。
徐福と吉野国との間で協定が結ばれ、徐福一同数千名が稲作や金属精錬技術の他、様々な技術を伝え開拓に全面協力することとなりました。徐福は国王ミライを補佐し政治上の助言を行なう、参謀役として国家運営に関わることとなりました。そして大陸との交易権を国王に譲渡する代わりに、徐福一行の渡来の一切を隠蔽するという取り決めを行ないました。
なぜなら、徐福は正直なところ、始皇帝を裏切ったことに対する報復を恐れていたからです。始皇帝は何でも殺すのです。それも中途半端ではなく、裏切り者に対しては親戚どころか村人全員を処刑するのです。ある部族の長が始皇帝との約束の時間に間に合わないと分かったときに、「どうせ殺されるなら!」と決起して反逆しました。結局それが引き金となり大きな戦乱を生み、始皇帝の病死とともに秦帝国は脆くも崩れ去ったのですが・・・。
秦が滅び、列島の開拓も軌道に乗ってきた頃、徐福は自分がやり残してきたことに取り組んでみたいと思い始めたのでした。
◇ ◇ ◇ ◇
徐福とリミは居城のすぐそばの見晴らしの良いなだらかな丘の芝生に並んで腰掛けていました。甘く幸せな時間であろうはずですが、徐福は悩める心の内を打ち明けたのです。
「リミさん、話しがあるのです」
「改まってどうされたのですか?何か心配事でもあるのですか?」
リミは徐福のために御茶を入れながら聴き返しました。
「私は大陸の秦帝国からやってきました。もう15年になります」
「そうですわ。あっという間の15年でしたね」
「そうでした。秦帝国、その前の斎国では、私は方士(ほうし)でした」
リミは方士とはどういう仕事をする人なのかわからないわ、と訊ねました。
「方士とは、あらゆる科学技術や天文学、占いに至るまで森羅万象を熟知し、それをもとに政治家への助言をすることで身を立てる人物のこと。今もミライ国王様のお手伝いをさせていただいているということでは同じです。しかし秦帝国のときは自分の保身と斎国の民衆を守るためにつく必要の無い嘘をでっち上げてでも、始皇帝に取り入ることが大事でした」
「それは仕方ありませんわ。でもここでは違いますわよね」とリミは訊きます。
「もちろんそう。ここでは本当に民衆のためになることだけを考えて政治ができます。これは本当に理想的なことだと思います。ここに来て本当に良かったと思っています」
徐福はリミの入れてくれた茶を美味しそうにゆっくりと飲み干して言いました。
「この国のかたちも出来つつあるし、指導者の資質のある若者も育ってきています。もう私の時代ではないと思うのです。でも決して寂しくなんか無い。私は元々は医術の専門家です。今後はこの国に必要な医術を伝えていきたい」
「・・・! 政治を引退なさって病人の治療をするのですか?」
「そう。そして医師を育てたい。この国の島々には多くの薬草が自生しています。それらを用いた薬の調合の仕方も伝えたいのです」
そして、徐福は決意したように力を込めて言いました。
「不老長寿の薬を求めたいのです!」