江の島鎌倉古今俳句集


江の島鎌倉古今俳句集

昭和十一年五月五日印刷
昭和十一年五月十五日発行

著作者 発行者 飯田九一
横浜市神奈川区白楽十番地
印刷者 石川福次郎
印刷所 花東社
横浜市神奈川区反町四番地

発行所 横浜市神奈川区白楽十番地(飯田方)
神奈川県郷土文芸協育

江の島に関連した前半36ページ分を掲載

古俳人の前書きには晝島或いは晝の島又は絵島或いは繪の島と書し、榎島、榎の島とも作るり。成るべく原本のままによれり。

江の島(歳旦の部)


波草の求めによりて蓬莱の国に
江の島を薹にも見るや国の春
存義
相模の国片瀬の里に春を迎え江の島山に神路山を思ひよせて
ふるさとの伊せ猶恋し初日影
樗良
授かるや鮑の玉も島の春
文足
己の春江の島にて
初春の一曲となれ貝づくし
知十
両袖に初東風吹くやふし拝む(社頭)
知十
江の島を島薹にして初霞
知十
島の春長さんばしを渡りけり(初詣)
初富士や崖の鵯谺して
茅舎
初凪の岩より舟に乗れといふ
初春の二時うつ島の旅館かな
江の島の貝店にさす初日哉
坡酔
この年の恵方の島へ初詣
きよし
島めぐり初富士見ゆるところ哉
不二夢
別々に初詣せし夫婦哉
チカ女



稚児が淵(白菊が淵)

当島南端、奧津の宮を下りし所、脚下絶壁激浪踊る深潭あり。白菊の淵或は兒ヶ淵と呼び稚兒ヶ淵は兒が淵にも作る。
かく名づくる所以は往時此島の弁天に奉仕する相承院の稚児白菊と云へるが、鎌倉建長寺の沙門雛僧自休蔵主に恋慕せられけるが、ついに従はず、白菊其情の切なるに堪へ、「白菊をしのぶの里の人とはば思ひ入江の島とこたへよ」と扇に書き遺し、此淵に身を投じ死せしと。
之を自休、追ひ来り、「白菊の花のなさけの深き海にともに入江の島ぞうれしき」と詠じて自休も亦此の淵に身を投じたりと云ふ。よりて此名あり。
十月やげに白菊の名もむかし
也有
墓原や人を動す朧月
馬光
白菊や岩に散りゆく波がしら
逸賀
鶯の聲こぼしけり兒が淵
青岐
鳥わたる波の曇りや兒が淵
里濤女
六月や松葉ちり込む兒が淵
ちか起女
今とても海松和布あぶなし兒が淵
了雲
白菊丸が歌にみちのおくの人にや、今も猶哀れふかし
夏菊や昔しのぶの淵の色
紫香
汐風に手もとのしめる扇哉
永機
櫻貝の春にもあはぬ海鼠かな
一樹
浪を見つゝ子供に蜜柑たべさせる
井泉水
初富士や石段下りて稚兒が淵
茅舎
冬凪の岩に人あり稚兒が淵
不二男
朧潮にくる夕立や黒鯛釣る
志豊
浪音に天いよ住む崖の菊
九一



龍燈の松

脚下の碧潭を睥睨して枝幹を張れるが即ち龍燈の松也。
右側に数基の石碑の建てるを見る。中に佐羽淡斎の詩碑あり。芭蕉の句碑あり。
曰く。疑ふな潮の花も浦の春 此の句二見の圖を拝み侍りてと云ふ前書のある句にして元禄二年版の「いつを昔」中にあ れど、江の島にての吟にあらざれば當句集には採録せず。
龍燈の松や今宵は螢飛べ
笠仙
遊船や琴弾松に舳向け
青崖
龍燈の下に遊船着きにけり
一朶樓
潮音や龍鱗寒き松の籟
九一

不二見亭

岩本院の望嶽亭が謂ふ所の富士見亭である太田蜀山人が
「正面に江の島薹のふじのねをさゝげいでたる岩本の院」と詠ぜしは、此の望嶽亭にての作也。新編相模風土記によれば、此の島にありて好晴の日滄浪の果にかゝる富士を望むまことに勝景なる可し。とあり。
不二晴れて更に山なきあした哉
蓼太
簾捲く童子うつくし月と富士
蓼太
壺焼や富士の見えゐて富士見亭
ちか女



龍窟(いわや)

龍燈の松より少しく歩を移せば龍窟にして燈を點じて半町も行けば茲に穴は二つに岐れ右を金剛界、左を胎蔵界と云ふ。 石佛など安置し頭上、雫して夏尚襟寒く、土人は此の龍窟、富士の人穴まで通ふと云へり。此の窟は文武天皇四年、役の小角入りて天女を拝せし處と伝へ、其の後、空海、慈覚、文覚上人等皆茲に参籠して神像を刻みて納め、代々の将軍の参詣もあり、慶長五年の六月徳川家康も亦此窟の中にありて神像を拝せしと云ふ。
因にこゝの弁天様は嫉妬深くして夫婦者を嫌ひ給ひ、婦人同伴者は窟中にありては一切他人を装ひ、互に口を利かぬ習はしなりとか。
又寿永元年には頼朝公文覚上人をして弁才天を窟の中に勧請せしめしこと吾妻鏡に見えたり。
竹生島、厳島と共に日本三弁天と呼ばる。
夏の日や覚て窟のいなびかり
嵐雪
江の島の穴をうなるや秋の夢
微雨の窟座頭一曲聞へ給へ
其角
岩藤にまじりてかゝるあらめ哉
旨原
龍池にも肴ひらえやみさご鮨(籠り人に餞別)
岩穴に入る蛇や波のあらしの夜
存義
此洞をおもへば神も冬籠り
也有
冬の月松明もたのまぬ岩窟哉
抱一
蔦かつら洞に這入る朝日哉
富屋
江の島の波や岩戸の煤拂
亀文
浪の露眼にいたき窟かな
大樗
身の垢を洗ふ誓や苔しみづ
紫香
なめらかに苔のふとんや夏寒し(日蓮寝姿石)
梅年
三千里富士へ通ずる灯の寒し
一樹
秋の灯の岩屋の奧にともりけり
虚子
翳し持つ蝋燭濡るゝ清水哉
孤軒
燭置けば冬の窟の匂ひけり
輪水
壺焼や岩屋廻りの連れを待つ
洞の灯に春寒の波寄する哉
蘇坤
春潮や裾をぬらして窟めぐり
代之助
人の香の涼しうなりぬ岩洞
月人
ゆく春や洞門の吐く返り浪
極浦
窟の灯捧げて寒し佛たち
天女金々子
燕や洞の奧まで騒ぐ汐
雨舟
冬凪や岩屋みちにも二三艘
溯江
薫風や裸火くらき窟口
半村
洞闇のとはに涼しき佛かな
菊坡
鮑とる岩窟の前の人だかり
松丘
春潮や御岩屋口のたゞずまゐ
香蘭
お蝋點けて入る洞窟や春の潮
松石
春潮や弁天窟の晝灯
草人
冷かに日のかげりたる岩屋かな
無為
常闇の窟も神も旅立ちぬ
不二夢
右手なる雪解け富士や岩窟道
湘海
舟虫や窟屋の外の日のひかり
未来
春雨に蝋燭ともる窟かな
行々子
青天や蝶遊びゐる窟前
華帳女
岩屋近く遅日の波の返す也
惣之助、輪水賭氏と吟行 岩屋前にて二句
初冬や溜り汐澄む岩畳
九一
崖の石蕗仰ぐ浪音脊を通す