「フルサト」by ハイフェッツ


第112章 こよひ逢う人


(2009年6月23日)

 取材を終えて、芽衣はほっと息をつきました。新宿の都庁近くのビルに事務所を構える新進の学習塾の経営者へのインタビューでした。

 格差社会が子供の教育へも反映し教育格差を生み出している、文部省は教育を放棄した、だから学習塾で本当の教育をするんだ、とその経営者は力説しました。しかし提示されたカリキュラムや進学実績のグラフ、さらに見学した授業の様子などから感じ取れたのは、ここもやはり競争社会だということでした。

 確かに教師の質は高く、生徒達は勉強を楽しんで面白いように知識を吸収していく。しかし同時に競争意識も育んでいく。競争の意味を教えずに競争に勝つことを刷り込んでいる。芽衣は違和感をぬぐい切れませんでした。

 中学受験クラスの生徒に尋ねました。「皆はどこに行きたいの~?」。芽衣はどの中学を狙っているの?と尋ねたつもりが、返ってきた答えは「とうきょうだいがく~!」でした。

 本当の教育とは何か。

 芽衣は新宿駅東口近くの広いカフェテリアに入り、ホットレモンティーを啜りながらぼんやりと考えていました。芽衣が小学校のとき、勉強のできる子できない子がクラスにいたことは確かでしたが、塾に通っていたのはクラスで2~3人位ではなかったか。できる子は勉強ができることを恥らっていたし、皆で遊ぶときには勉強では目立たなかった子が何故か中心になって面白いアイデアを出して遊びを作り出していた。

 クラス全員が仲良しだったかといえばそうでなかったかもしれないが、少なくとも多くの価値観を認め合える、暗黙のコンセンサスができていたのではないか、と思います。今の社会は価値観を単一化し、競争を煽っているのではないか。そして、その周辺に群がる教育ビジネスによって教育が捻じ曲げられているのではないか。

 本当の教育とは何か。もっと多方面から切り込まなければいけないのではないか。今回の取材は方手落ちだったのではないか、明日、編集長に進言してみよう。そう思い立って、芽衣は椅子に座ったまま少し伸びをしました。そのままの姿勢で、新宿の町並みを眺めてみました。いつのまにか夕方です。

 思い出した。そうだ、今日は夏川りみのコンサートに行くんだった!

 ◇  ◇  ◇  ◇

 先日、夏川りみを取材しました。結婚をきっかけにして音楽への取り組みがどのように変わっていったか、心境の変化が何らかの良い影響を生み出しているのか。さらに、ライブ活動を通じて環境問題への提言をおこなってきている、そのココロは。

 インタビューには終始、丁寧に言葉を選んで、しっかりと意思を伝えるべく真直ぐに答える。決して奢らず、しかし時折垣間見える歌手としてのゆるぎない自信。それは、歌の技量に対する自信ではなく、音楽の力を信じているからだと芽衣は感じました。同時に、多くの支援者・ファンに対する感謝の念を付け加えることを忘れていませんでした。

 吸い込まれるような黒くて綺麗で大きな瞳、明るい笑顔、そして歌うような声に、芽衣は仕事も忘れてすっかりファンになりました。そして、「よろしかったらどうぞいらしてくださいね」、と東京でのコンサートのチケットを譲り受けたのでした・・・。

 ◇  ◇  ◇  ◇

 コンサート会場に近づくと、やはり同じく「夏川りみコンサート」に向かうと思しき人々が散見されます。その人たちがみな、幸せそうなオーラを発しています。母と子の親子連れ、恋人同士のカップル、初老の夫婦、オタクっぽい集団。性別や年齢はまちまちなれど、みなコンサートを楽しみにやってきているのがわかります。芽衣もまたしかり、です。心浮き立ち、足取りも軽やか、といったところでしょうか。

 会場のロビー。多くのファンが談笑しています!ファンはお互いに「りみ友」と呼び合い連帯感を持っていると聴いたことがあります。ああ、これがそうなのか、と芽衣は思いました。「なんて温かで朗らかなんだろう・・・」

 一体どんなコンサートなんだろう? 芽衣は多くの国民と同じく、「涙そうそう」しか知りませんでした。インタビューの準備のためにアルバムを聴いたり、過去のインタビュー記事をチェックしたりはしましたが、ライブは初めてです。

 そして開演時刻となりました。

フルサト エッセイ 2009


夏川りみさんと遊ぼう