「フルサト」by ハイフェッツ
第117章 りみお姉さんの事件簿〔2〕~放火事件(その1)
(2009年9月5日)
中国山地の静かな山並みを縫うように細い県道が伸びています。この道は中国自動車道や山陽自動車道のように東西に走っているのとは異なり、南北に瀬戸内海から日本海へ縦断しています。その県道を、一台のダークグリーンのダイハツが走り抜けていました。2009年8月初旬、観測史上まれに見る猛暑日の朝のことです。
運転しているのは、島村紗江子(しまむら・さえこ)30歳。助手席には、8歳になる一人娘の翔子(しょうこ)が水筒のよく冷えた麦茶を舐めるように飲んでいます。二人は岡山県の中心地に隣接した、いわゆる郊外に住んでいました。今日は夏休みの最後の週末、ということで一泊二日で小旅行をする事にしたのでした。母子家庭ゆえになかなか翔子と遊んであげられないことを、紗江子は気にしています。翔子は、子供心に事情を察しているのか、あまりわがままを言わないおとなしい子でした。でも内心は寂しいのでしょう。だから、小旅行を計画したときには、本当に、本当に嬉しそうな顔をしたものでした。
小旅行は、鳥取と岡山の県境にある、小さな山村のキャンプ場です。観光スポットもなにもない場所なのですが、紗江子はここに決めました。職場の上司である植田課長のフルサトの近くで、夜になると、とても星がきれいに見えるそうです!
そう!紗江子は星を見るのが大好きでした。小さな携帯用の望遠鏡も車に積んできました。そうでなくとも、吸い込まれそうな深い星空を眺めているだけで、心が洗われた様にすっきりします。時間を忘れて眺めていたい、そんなことを期待しています。
そしてもう一つ。娘の翔子の「夏休みの宿題」をついでにやっつけてしまおう!という魂胆です。キャンプ場なので自然は豊富。ネタの宝庫ですね。もちろん観察記録用にデジカメを忘れていません!
上司の植田さんは50代半ばの温厚な人物で、この日も、キャンプに付き合ってくれました。先にキャンプ場に入って、色々な準備をしてくださいます。昼前に到着後に、早速、昼ご飯のカレーライスを作り始める予定です。水も食材もしっかりと積んできました。
快調に車を飛ばし、あと5キロほどで目的地というところになったころ、車のラジオからは「りみお姉さんの歌」が流れてきました。
紗江子は思わず聞き入りました。そういえば植田さんは「りみお姉さん」の大ファンだったわ、と思い出しました。キャンプの準備を進めながら、植田さんがこのラジオを聴いているかもしれないと思うと、思わず顔がにやけます。昼休みになると、植田さんはコソコソと会社のPCで、りみお姉さんのファンクラブサイトにアクセスしていることを、紗江子は知っているのです。りみお姉さんについて語るときの植田さんの顔といったら、ありませんでした。丸い顔をさらに丸くさせて、娘のことであるかのように愛情たっぷりに話すのです。
さて、キャンプ場に到着しました。入り口で植田さんが奥様とともに手を振って迎え入れてくれました。二人とも軽装備ながらキャンプ向きのしっかりした服装に身を包んでいました。
長時間のドライブに退屈したであろう翔子は、車から飛び出してはやくも興奮気味にあちこち走り始めます。
「ありがとうございます~!御世話になります!」
紗江子は元気よく、植田夫妻に挨拶しました。
8月最後の土曜日。これ以上ない快晴。おなかもすいてきた!さあ、楽しいキャンプの始まりです。