「フルサト」by ハイフェッツ
第102章 りみお姉さんの事件簿〔1〕~銀行強盗(後編)
(2009年1月31日)
加藤和志警部はデスクの前で腕を組んで考えていました。ついいましがた捜査会議を終えたところでした。
ゴーヤ銀行現金強奪事件発生からすでに4日過ぎました。容疑者は未だ確保できていません。加藤警部は、銀行強盗に対する対応は決して間違ってはいなかったと確信しています。警察庁発行のマニュアル通り、いや、それ以上の迅速さと確実性を持って、初動捜査を進めることができたはずです。また、定期的に各銀行で実施されている対強盗訓練も、この銀行では徹底されていました。
にもかかわらず、犯人グループは検問の網を掻い潜って逃げ切ったのです。加藤警部はもう一度、頭の中を整理すべく、レポート用紙に要点を書き出してみたりしました。
・銀行の窓口には5千万円が準備されていた。これは、特に大口の顧客に対応したものではなく、通常の業務内での取扱いの範囲であるし、また大金の授受は通常は支店長室で行なうものです。したがって、犯行グループが特に銀行内部の情報に精通していたとは言い切れない。
・所持していたライフルは旧ソ連製のモデルガンを改造したものであった。入手経路は不明であるが、暴力団関係ではないと思われる。
・目撃者の情報から、犯人グループは3人と思われる。これはタイガーマスクの覆面を被った男2人のほかに、銀行の入口に車をつけて待機していた運転手役の1人が確認されたからです。運転手もタイガーマスクでした。
・犯行に使われた車は、目撃者によると白のシビックでしたが、ナンバープレートから盗難車であることが確認されました。さらに、車はゴーヤ銀行から700mはなれた24時間パーキングに乗り捨てられていた。車の中には遺留品はありませんでした。おそらく準備しておいた別の車に乗り換えて逃走したと思われる。
・ゴーヤ銀行周辺は道が入り組んでおり、車での逃走には不向きである。それに加え、犯行時間のちょうどそのとき、近くで急病人と付き添いの家族を運ぶ救急車が通行しており、近辺の道路は一時的にストップした。このため、犯行グループは幾重にも渡って張り巡らされた検問に引っ掛るはずであった。
加藤警部は大きくため息をつきました。犯人の遺留品は、発射したライフルの弾丸と乗り捨てられた車のみですが、ここからも手がかりなし。被っていたタイガーマスクも、プロレス試合会場で大量に売られているもので、手がかりになりません。
万事窮す!
迷宮入りが早くも加藤警部の頭を掠めます。本部長にまた怒られる!たたきあげの現場一筋。50歳を過ぎてようやく警部に昇進できました。銀行強盗を取り扱ったことはこれまでの刑事生活で4件。すべてこの手で検挙してきました。あと2年で定年なのに、何とも悔しいではないか・・・。
加藤警部はもう一度、大きくため息をつきました。鞄から、ポータブルパソコンを取り出しました。この頃はインターネットの発達目覚しく、どこででもテレビが見られます。加藤警部は機械はからっきし苦手でしたが、これは嫁に行った娘が去年のクリスマスにプレゼントしてくれたものなのでした。休憩時間によく利用しています。イヤホーンをつけてチャンネルを合わせると、NHKが音楽番組を放送していました。大好きな夏川りみが「涙そうそう」を歌っていました。
・・・そうだ・・・聞いたことがある。
名探偵「りみお姉さん」に相談してみようか、と加藤警部はぼんやりと考えました。そうだ、どうせ迷宮入りを待っているだけなら、相談するだけしてみたほうがマシかな・・。
思い立った加藤警部は、ビクターへ電話しました。
「歌手『りみお姉さん』のスケジュールを教えてください!」