「フルサト」by ハイフェッツ
第103章 りみお姉さんの事件簿〔1〕~銀行強盗(解決編)
(2009年2月5日)
加藤警部は、東京葛飾のシンフォニーホールの楽屋前に立っていました。この扉の向こうに、あこがれの歌姫「りみお姉さん」がいる・・・そう思うと心臓がドキドキして膝が震えます。いやいや、これは公務なんだ、と加藤は心を落ち着けて、そして、ノックしました。
「どちら様?」
と扉の向こうから声がしました。歌声のような、澄んだ明るい美しい、それはまるで旋律でした。
「お電話差し上げました、警視庁六本木署捜査課の、か、か、加藤です!」
「どうぞ~!」
扉を開け、広い楽屋の中に一歩踏み込むと、「りみお姉さん」はメイクの最中でした。メイク担当のSちゃんにキレイキレイしてもらっているところでした。
「まもなく開演なので、こんな状態で失礼しますね、、」と、りみお姉さんは軽く会釈しました。
「で、ゴーヤ銀行の現金強奪事件のことでしたね」
「そうです。りみお姉さん、いや、りみお姉さん先生!どうかお力をお貸しください!」と、加藤警部は深く頭を下げました。
「そんな、お力になれるかどうか分かりませんから・・・。大体のところはお聞きしましたが、もう一度、事件の詳細をお聞かせ願えますか?」
「わかりました。では・・・」
加藤警部は、事件について語り始めました。
◇ ◇ ◇ ◇
「なるほどねぇ~」
りみお姉さんは話を聴き終えて、2つ3つ質問をしました。
「検問は完璧だったのですよね~」
「ハイ、勿論です。免許証の確認と記録のほか、車内の捜索やトランクの中まで、徹底的にやりましたから!」
「にもかかわらず、『犯人が消えた』?」
「そう、『消えた』としか思えないのです」
「犯行に使われたシビックはナンバープレートを偽造されていて、銀行からそんなに離れていない場所に乗り捨てられていたのですね」
「はい」
加藤警部は、もうあとは、りみお姉さんに任せるしかないと念じていました。
しばらくの間、りみお姉さんは目を閉じて考えていました。
いや、考えていたのではなく、Sちゃんがメイクしやすいようにじっとしていただけかもしれません。
そして、ついに口を開きました。
「犯人がわかりましたよ!」
「・・・・!」
加藤警部は絶句しました。今の話とやり取りだけで謎が解けてしまうなんて!せき込んで訊ねました。
「犯人は誰なんです?どうやって逃走したのですか?!」
「犯人は、救急車で運ばれた家族ですよ、きっと」
「・・・・!」
「完璧な検問の間を突破するのは無理でしょう?唯一、抜けることができた車両はその救急車しかなかったのではないですか?さすがに救急車の中を確認することはできなかったでしょう?」
「・・・ほう!」
「犯人グループは最初から周到に計画的したのですね。逃げるルートやアリバイまできちんと確保して・・・お役に立てそうですか?」
もちろんです、ありがとうございました、と加藤警部は答え、思考をめぐらせました。当時の救急車をあたればすぐに犯人は割り出せる、姿を隠していたとしても、状況証拠はいくらでも出てくるだろう、指名手配すればいい・・・
Sちゃんが満足そうに微笑みました。
「さてと、バッチリね!」
りみお姉さんはそういい、加藤警部のほうに顔を向けました。
メイクがきちんと整い、美しいお顔がさらに美しくなっていました。
「さあ!いよいよ開演時間です!よろしかったら、私の『アメイジング・グレイス』、聴いていかれませんか?」
(りみお姉さんの事件簿〔1〕~銀行強盗 完)