「フルサト」by ハイフェッツ


第75章 見上げてごらん夜の星を


(2008年2月6日)

 その夜、渋谷は賑わっていました。何か特別なイベントがあるわけでもないのに、どうしてこんなに人がいるのかと思ってしまいます。ぼんやりしていると人にぶつかってしまう。今日は特にUさんと腕を組んで歩いているのだから!

「ここ! このお店です」とUさんが店の看板を指差しながら振り返ります。振り返った拍子に私の左ひじが彼女のふくらみに触れました。どぎまぎとしてしまった私をよそに、彼女は気にするそぶりをまったく見せずにお店の中へ私を引っ張っていきます。

 そのお店は台湾料理専門店でした。小さいが明るく活気にあふれていて、これは当たりだなと私は直感しました。ちょうど席が空いて私とUさんは2人がけの小さなテーブル席に向かい合って座ることができました。ほっとして顔を見合わせた私たちは、思わず笑みをこぼしました。

「ここは台湾料理だから台湾ラーメンかな?」と私がメニューを見ながら問うとUさんも同意。
「餃子はどうしますか?」と再び問うと、今度は「餃子より酢豚がいいです」と。
彼女の目は隣のテーブルに丁度運ばれてきた酢豚のお皿を追いかけていました。とても美味しそう!

 注文を告げて店員が去ったあと、Uさんは「ずっと気になっていたお店で、今日来れてよかったです」と照れたように告白します。「私、ラーメン好きなんです」。

 台湾ラーメンはとても辛いです。私は辛いのは大好きで学生時代には相当やんちゃしましたが、やはり最近はめっきり無理をしなくなりました。このお店のラーメンは辛いのですが、コクがありました。癖になる味といえるでしょう。久しぶりに堪能したといえるでしょう。酢豚は普通の酢豚とはちがい、餡にとろみがありません。にもかかわらず、良質な黒酢を用いているためか、むせるような刺激はなく味はしっかりと具に絡んでいるから不思議です。食感はぴか一でした。Uさんはもりもり食べています。夏川さんもこんな様子で台湾ではもりもり食べたのかなと想像したりして・・。

 いろいろな話をしました。お友達や家族のこと。お仕事のこと。恋の話。私はもちろん聞き役です。少しのアルコールも手伝ってか、少しいたずらっぽく色っぽくも見える彼女の目を私は長くは正視できませんでした。私が目をそらすと彼女はくすっと笑うかのような表情。まるで「意気地なし」といわれているような気がしました。

 台湾料理店なのにジャズが流れています。これが洒落ていてなかなかいい。『煙が目にしみる』なんて私のお気に入りの曲がスイングも見事にサックスで奏でられています。でも楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。一時間も店内にいました。勘定を済ませてお店を出ると、またすごい人だかり。

 駅への道すがら「美味しかったですね。いい店でした」などと話します。彼女、満足そうです。意識したのか、帰りは腕を組んではくれませんでした。ふと空を見上げると、こんなネオンばかりの渋谷でも、この日は星がきれいに見えました。
「きれいな星ですね」とUさん。うれしいことにUさんも星を見上げていました。心が通じ合ったような気がしました。「また気合入れてお仕事頑張らなくっちゃ!」

 私は夏川さんの「見上げてごらん夜の星を」を思い出していました。口ずさみそうになりましたが、あまりにロマンチックになり過ぎそうで、歌うのはよしました。心の中で聴きました。カバーアルバムが結び付けてくれた偶然を喜びながら・・・。

フルサト エッセイ 2008


夏川りみさんと遊ぼう