「フルサト」by ハイフェッツ
第46章 翼をください~勇気ひとつを友にして⑤
(2007年7月8日)
第三幕〔フィナーレ〕
二人は窓の近くへと翼を運びました。
「いいか、里美手(りみてぃ)。我々は今からこの翼で、この城を出てから出る。しかし、ここで気をつけなければならない。あまり低く飛びすぎると、波の水がかかって、翼が濡れてしまう。逆に高く飛びすぎると、太陽に近づきすぎて、膠が溶けてしまう。決して低くとんではいけない。決して高くとんではいけない。」
里美手は、その言葉に微笑みました。
「ええ、お父さん。分かっているわ。お父さんもね」
その言葉に安心した天海手(あまてぃ)は、里美手よりも先に、一対の翼を掴み、城の窓から大空へと飛び立ちました。
次は、里美手の番です。
里美手は、天を見上げそして海を見渡し幸せそうに笑い、こう呟きました。
「やっと羽ばたける。愛おしいアナタのいる大空を羽ばたける」
そして、翼を背に力強く城の窓から飛び立ちました。
【海の彼方・夏川りみさん歌唱】
飛ぶのは思った以上に難しい。風に乗り、ようやく体を安定させた里美手が父の様子を見ようと前方を目で探しました。そして、里美手は、それを目にしたのです。
「お父さん!それ以上、上に行っては駄目!雲よりも上に行っては駄目!」
それは、最愛の父が雲よりも上へと羽ばたいている姿でした。里美手の叫び声に、一瞬だけ父天海手は悲しそうな顔をしました。しかし、目を伏せて再び瞳を開き、天海手はさらに上を目指しました。悲痛な娘の声を聞き流して、天海手は、ただ空を目指しました。雲を抜けた天海手が目にしたのは、世にも美しい太陽の光景でした。
何故?
天海手は翼を製作中に、とても心配していました。里美手が「天に浮かぶ女神=太陽(てぃだ)」に恋にも近い憧れを抱いているらしいことを。太陽に近づくと危険なことは承知しているはずだが、如何せんまだまだ若い。きっと太陽の美しさに心を奪われることだろう。このように考えた天海手は決心しました。
里美手の使う翼には充分な量の膠に加えて糸でしっかりと補強しました。その結果、自身が使う翼の方には充分な強度を持たせることが出来ませんでした。それでもいいと思いました。愛する娘が生き延びてその先で幸せになってくれれば・・・。
【さようならありがとう~天の風・夏川りみさん歌唱】
「ああ・・・」
天海手の唇からため息が漏れました。
「やはりアナタはなんて美しいのだろう・・・」
そこには、天に光り輝く太陽がありました。その太陽へと近づこうと、手を伸ばした天海手は翼の膠が溶けだしていることに気が付きました。
「どうか我が娘をお助けください!どうか無事に海の向こうの新開地へたどり着きますように!」
しかし、太陽は何も答えません。ただ、そこで光り輝いているだけでした。必死に近づこうとすればするほど、天海手の腕にくくりつけた膠が溶けだしていくのです。
太陽は何も答えません。天海手の瞳から、ほろほろと涙がこぼれました。しかし、それが頬を伝っていくよりも早く、その涙は蒸発して空へと消えていくのです。もはや膠は溶けて、段々と天海手の体は太陽から遠ざかっていきました。
「・・・!」
天海手は、雲を突き抜け、嘆き悲しむ娘の横を通り、波を突き破り、海へと落ちたのです。その後を追うようにして、溶けた膠と共に大量の鳥の羽が天海手の涙のように海へとぽとりぽとりと降り注ぎました。
太陽は、一瞬だけ波立った海をいつもと変わらず照らし続けていました。嘆き悲しんだ里美手がどれだけ太陽を憎み、恨んでも、太陽は里美手を照らし続けました。太陽は、いつも変わらずそこにあるのです。それは決して揺るぎない。揺らぐことのないモノ。
命からがら、新天地にたどり着いた里美手は、その後も数多くの三線を作り出し、多くの人の心に優しさと愛する心を伝え続けました。
【童神・夏川りみさん・古謝美佐子さん歌唱】
【祭りのあと風・夏川りみさん歌唱】
【エイサーの夜・夏川りみさん歌唱】
戯曲原案 題名「琉球の海と空と太陽と~ある若者の儚き想い」 終演