プレゼンテーションそのⅩ(10回)現代の作品


1979年1月16日(火)
第一生命ホール
主催:音楽文化協議会





プ ロ グ ラ ム
1.ソプローニ・ユーセフ
    ハンガリー参加作品 <ピアノのためのインクラステーション>
ピアノ 中野 洋子
2.ヴォジミエシ・コトニスキ
    ポーランド参加作品 <オーボエソロのためのモノクロミア>
オーボエ 原田 知篤
3.藤田 耕平  <打楽器のためのエチュード>
バーカッション 永曽 重光
4.石 井 基 斐  <と・り・お>
メッセージ 辻 節子
バリトン・レジェ 村田 健司
ソプラノ 原田 しをり
ピアノ 窪田 隆
5.山岸 磨夫  <琵楽四重奏の為の二章>
Vl 初鹿野 司
Vl 古田川 達男
Vla 小橋 行雄
VIc 服部 善夫
6.松葉 良
      <2つのオーボエとコールアングレのためのコンポジション>
オ ー ボ エ 原 田 知 篤
オ ー ボ エ 市 川 清 士
7.塚谷 晃弘  <ピアノのための2つの前奏曲>
ピアノ 中野 洋子
8.石井 五郎(追悼演奉)
      <バリトンのための「雪」,「秋風語」,「日記」>
バリトン・レジュ 村田 健司
ピアノ 平尾 はるな
―「秋風語」,「日記」のほか全曲初演―

曲目解説   田村 進
1.ソプローニ・ユーセフ;ピアノのためのインクラステーション

 ソプローニ(ハンガリーでは日本と同様,姓を先に書く)は1930年生まれのハンガリーの作曲家で,J.ヴィシュキに学び,現在ブダペストの音楽アカデミーで作曲を教えている。
 彼はボザイ,ドゥルコー,ラーソグ,ラースローなどと並ぶハンガリーの代表的な中堅作曲家で,管絃楽曲「エクリプセ」,チェロ協奏曲,弦楽四重奏曲,フルートとピアノのためのソナタなど多くの器楽曲を書き,内外から注目されている。彼は当初,ポリフォニックで複雑な手法を用いていたが,次第にセリエルの手法もとり入れて新しい独自の世界を求めている。

 この曲は1973年に書かれ,翌年出版された。インクラステーションincrustationとは金属や木材などの表面に模様を刻んで金銀などをはめこむこと,つまり象眼や寄木張りを意味することばである。曲はアンダンテ・モデラートで始まるが,この最初の音型が即興風に変型されたあと,曲は次第に活気をおびテンポも速くなって新しい音型を次々にくりだしていく。表情もテンポも変化に富み力強く曲は進められる。最後は再びアンダンテになって,これまでの音型を圧縮した形で再帰させ,情感をこめて生き生きと曲を結んでいる。いかにも多彩な寄木細工を思わせるような作品である。
2.ヴォジミエシ・コトニスキ;オーボエソロのためのモノクロミア

 コトニスキは1925年生まれのポーランドの作曲家で,T.シェリゴフスキなどに作曲を学び,現在ワルシャワ音楽院の電子音楽スタジオの主任教授をつとめている。彼は,1957年以降,ポーランド放送局実験スタジオで前衛的な音楽製作に取組んではいたが,印象主義的な手法で器楽の色彩を追求した「コンチェルト」(1960),「フルートとクラリネットのためのペツォ」(1962)などの器楽曲も書き,特異な作風で知られている。電子音楽の作品も多く,「アユラ」や「エウリディーチェ」などがある。

 この曲は1964年に書かれ,1975年に出版された。モノグロミアmonochromiaとは単色画を意味する。曲は6つの異なった部分からなり,続けて演奏されるが,演奉時間は約6分と指定されている。リズムは自由で拍子も不規則に演奏し,曲の流れは単色画にふさわしく保つよう指示され,この楽譜の表紙には細い月をもつ餅網のような12cm四方の正方形が黒一色で画かれている。この曲は短いものではあるが,微分音や特殊な奏法も使い,暗示的な画も付加した特異な作品となっており,演奏には高度の技巧が要求される。
5.藤田 耕平;打楽器のためのエチュード

 藤田は1945年横浜で生まれ,1970年東京芸術大学作曲科を卒業した。作曲は池内友次郎と諸井誠に学んだ。主要作品には「ギター,クラリネット,ピアノのための秋の歌」,「フルート,ヴィオラ,ギターのための音楽第2番」,「弦楽四重奏曲」,「二つのフルートのための秋」,舞踊付帯音楽「祈り」,「かんたん」,ヴァイオリンとピアノのために書いた「インプロヴィゼーション」,「庭」,
「椎歌」などがある。

 彼は音の積み重ねや淡々と流れる旋律のひびきの中に微妙な音色の変化を追求し,個性的な作品を書いている。1976年のヴァイオリンとピアノのための「庭」は静的なたたずまいを求めたものだが,昨年の「椎歌」はこれをダイナミックな面で強調したものであった。今回は,いわば旋律楽器を使わず,打楽器だけで独自な音の世界を追求している。作曲者はこの曲について,「前回,オーボエの為の作品“椎歌’’で歌うことを考えました。今回,逆にモノクロームの世界を追ってみる積りです。そこで,逆説的だけれども,ディミニュエンドの様式が見つかるかもしれない。“エチュード”の語を,上の意味で限定させて使いたいと思う」とのべている。
4.石井 基斐;と・り・お

 石井は作曲を江崎健次郎に学び,現音会員としても活躍している。主要作品には「金管三重奏曲」,ヴォカリーゼ「囁ぶ」,「打楽器とオーボエのための“LIGHT! ‥‥‥end」,「NOSTALGIE」などがある。

 この曲について作曲者は,「この曲は三人の演奉者のための音楽という意味である」とだけのべている。
5.山岸 磨夫;弦楽四重奏の為のニ章

 山岸は1933年東京で生まれ,1957年東京芸術大学作曲科を卒業した。作曲は下総皖一に学んだ。1961年の「シンフォニア」と1962年の「カプリチォとパッサカリア」は毎日コンクールの管絃楽部門で入賞している。主要作品には交響曲「えんぶり」,交響的変容「かるら」,オペラ「ゆや」,交声曲「夕鴨」,「ヴァイオリンとピアノのための2つの詠」,「フルート,ヴァイオリン,ギターのトリオ」,「ギターとフルートのための2つの律と気」(昭和50年度武井賞受賞),「フルート四重奏曲」,「ピアノトリオのための“乱”」,「ヴィオラとピアノのための“変容”」のほか,合唱曲「神楽歌」,混声合唱のための浄瑠璃「胸割」など多くの合唱曲がある。このように彼は日本の題材にイメージを求め,平易で伝統的な手法を用いながら現代的でユニークな味をもつ作品を書いているが,最近は各種の室内楽,あるいはオペラにまで取組み,その作品は国内各所でとりあげられるなど,盛んな創作活動を行なっている。

 この曲について作曲者は,「Ⅰ,Ⅱに分かれており,Ⅰは良い音価による音色の変化に重点をおき,概ね2対1のリズムによった作品。Ⅱはオスティナートと変奉により,表情の変化に重点をおき,素材はⅠによっている」とのべている。
6.松葉 良;2つのオーボエとコールアングレのためのコンポジション

 松葉は1919年東京で生まれ,1940年青山学院大学卒業後,日大芸術科で学び,作曲を池内友次郎と貴島渚彦に師事した。立軌会々員として画壇においても活躍し,詩情に富む色彩豊かな作品を画いている。彼はヨーロッパの古典的伝統に根をおろしながらも,大胆に現代的な技法をとり入れて,独特の風格をもつ抒情性豊かな音楽的表現をつくりだしている。主要作品には弦楽のための「詩曲」,「主題と変容」,交響詩曲「心象風景」,「ピアノのための古典組曲」,「オーボエのためのパルティータ」,「ヴァイオリンとゲィオラのためのパルティータ」,「ヴァイオリンとチェロのための“コンポジション”」のほか劇音楽,バレエ,映画音楽などがある。

 彼はこれまで現代的感覚をもつ“響き”をどううちだし,どう発展させていくかという課題に取組み,1974年の「オーボエとクラリネットのための作品」ではセリエルの手法を使ってそれを追求した。1976年1月に発表した「無伴奏ヴァイオリンのための古典的′りレティータ」では古典的手法で党楽器にそれを求め,1978年の「フルートとオーボエのための作品」では1974年のイデーを更に発展させた。今回の作品は,こうした彼の“響き”への追求の過程における一つの到達点とでも言えるようなものとなっている。

 作曲者はこの曲について,「この作品ははじめ,B,A,Cisの音型からじょじょにB,A,C,Hの音型によるセリーをもとにして古典的形式を追求した。全体は自由でマイルドな音色を求めた一つのメタモルフォーゼである」とのべている。
7.塚谷 晃弘;ピアノのための2つの前奏曲

 塚谷は1919年東京に生まれ,1942年東京大学を卒業した。在学中から諸井三郎について作曲を学びピアノ曲を発表したが,戦後1949年に清瀬保二や松平頼則らと共に「新作曲派協会」を結成し,それ以来現在まで室内楽を中心に多くの作品を書いている。交響組曲「祭典」が1950年NHK佳作賞,またその他の作品が1959年と61年に芸術祭奨励賞(団体及び個人)を受けている。主要作品には「クラリネット・ソナタ」,バレエ曲「現代の神話」,「弦楽と打楽器のための組曲」,「フルート・ソロのための4つの小品」,「ヴァイオリン・ソロのためのファンタジア」のほか能に基く室内オペラなどがある。日本の伝統を生かした彼の現代的表現は海外からも注目され,2,3の作品がしばしば演奏され,先年,「金管のための音楽」(1971)はルーマニアでも演奏された。

 この曲について作曲者は,「第一曲は抽象的な作風で,心の中の動きをあらわした日本音楽の間から学んだものをとりいれている。第二曲は外的な動的なものをあらわしている具象的な作風である」とのべている。
8・石井 五郎(追悼演奏);バリトンのための「雪」,「秋風語」,「日記」

 石井五郎氏は1978年1月22日急逝した。この「プレゼンテーション」では毎回新作を書き,亡くなる3日前の19日に開かれた前回の時にも「やさしい歌」を発表し,倦むことのない創作力を示していた。

 彼は1903年秋田に生まれた。舞踊家の故石井漠氏は実兄であり,作曲家の石井歓氏と石井真木氏は披の甥にあたる。また石井基斐は彼の子供であり,その一族にはすぐれた芸術家が生みだされている。

 彼は東京の大成中学卒業後,山田耕筰や成田為三に作曲を学び,昭和4年頃から作品を発表した。昭和5年,日本で最初の作曲家連盟が15人で結成されたとき,彼はその1人として名を連らねた。昭和13年パリに留学して作曲を学び,昭和14年の毎日コンクールでは彼の「田園舞曲」が第2位,15年には「交響的序曲」が第1位に入選した。その後彼の作品は多くの注目をあびた。作品には管弦楽や室内楽などがあるが,とくに声楽曲では日本語の持味を生かした詩をとりあげ,鋭い表現をもつ独自の作品を残した。

 特に戦後は,彼にとって,日本語のもつ躍動的な生命力と美しさを生かした歌曲を書きたい,書かねばならない,そういう意欲に燃えた日々であったと言ってよい。

 晩年の代表作には「草野心平の詩による蛙の歌」(1971),「津軽の方言詩による三曲」(1973),「弟英六との告別」(1974),「三つの歌曲」(1976),「サーカス」(1976)などがある。

 彼は音楽文化協議会の設立にも中心的役割を果した一人であった。したがって,この「プレゼンテーション」では,彼の作品を未発表あるいは既発表であるとを問わず,今後引続き追悼の意を込めてとりあげる予定である。なお,彼の作品集も近く出版される。

 今回の3曲中,「秋風語」と「日記」は1970年10月に丹羽勝海氏(ピアノ伴奏・藤田耕平)によって初演されたものである。「雪」(草野心平・詩)は遺作で未発表のものと推量され,作曲年代も不明である。

田村 一郎