プレゼンテーションそのⅩⅩⅧ(28回)現代の作品


1998年1月19日(月)
東京文化会館小ホール
主催:音楽文化協議会







プ ロ グ ラ ム
1.A.シャウォフスキ・「ソナチナ」
クラリネット・金  元
ピアノ・中野洋子
2.塚 谷 晃 弘・「オーボエのための二つのエスキース」
オーボエ・原田知篤
3.寺 内 園 生・「Talk」
ヴァイオリン・植村 薫
チェロ・斎藤章一
4.山 岸 磨 夫・クラリネット、チェロ、ピアノのためのトリオ
          “叙情的な風景ⅠⅠ一冬の海辺にて-”
クラリネット・金  元
チェロ・斎藤章一
ピアノ・金 詠子
5.藤 田 耕 平・-Far Away-
ピアノ・井上郷子
6.伊 藤 隆 太・Duetto No・10alla「残月」
尺八・三橋貴風
十七紘・菊地悌子
7.安 生  慶・「蛾」-ⅠⅠ一金子光晴詩集「蛾」より-
メゾソプラノ・阿部祐子
チェロ・雨田光弘
ピアノ・雨田のぶ子
                       

曲目解説 田村 進(東京音楽大学教授)

 「プレゼンテーション」も1968年以来、海外の準会員も含めて、会員の初演曲をほぼ毎年発表し、今回で第28回を迎えた。1995年10月、急逝した会員の塚谷晃弘氏の未発表の作品を、今回も、上演することにした。会の代表である松葉良は、立軌会合員として画壇の重鎮的な存在となって活動しているが、プログラムの表紙の絵は、今回のコンサートのために描いたものであり、今後も毎回描くことになっている。
1.A.シャウォフスキ・「ソナチナ」

 Aアントニ・シャウォフスキ Antoni Szafowski(1967~1973)は、作曲をワルシャワ音楽院でK.シコルスキに、1931年以降はパリでN.ブーランジェに学んだ。1936年にはパリで設立されていた「ポーランド青年音楽家協会」の会長となり、1950年までその地位に在って、ポーランドの若手作曲家たちのパリ留学に力を尽くした。第2次世界大戦中、彼はナチの迫害を逃れて南フランスに隠れていたという。シャウォフスキの名と作風は、戦後のポーランドの音楽家の間では、よく知られてはいたが、一般のポーランド人にとって、実際に演奏会場でその音楽を聴く機会は、殆どなく、楽譜の入手も不可能に近かった。今回、楽譜を入手できたのも、スラヴ音楽研究家の宮山幸久氏の御助力のお陰であり、ここで謝意を表したい。

 この曲は1936年の作。彼の作品は、戦前の1930年代には、弦や木管のソロや室内楽が多く、オーケストラやバレエは主として戦後に書かれている。これは当時のパリの状況ではやむをえなかったのであろう。彼の音楽の特徴は「ポーランド的な精神とフランス的な情緒にある」と言われ、彼も「私は、いつも、ラヴェルとプーランクが欲しい。レーガーやブルックナーは不要」と言っているように、ドビュッシー以後のフランスの影響は無視できない。しかしこの「ソナチナ」を聴けばわかるように、彼の特徴は前記のような一語では規定できない。多彩的なハーモニーの変化と美しさ、軽快で明るいメロディと躍動的なリズム、自由で型破りだが、簡潔な形式――これは、まさにシャウォフスキの独自の手法であり、彼が注目すべきポーランドの作曲家の一人であったことを示している。
 曲は次の3つの部分から成っている。

Ⅰ アレグロ・ノン・トロッポ 3/4拍子の短いモチーフからなる歌謡的なメロディとスタッカートのメロディで始まる3部形式ふうな曲。

Ⅱ ラルゲット 4/4拍子の静かなピアノで始まる色彩的で伸びやかな曲。

Ⅲ フィナーレ・アレグロ 両楽器ともスタッカートやレガートなどを交え、ディナミックに曲を進めていく。躍動的で流麗なフィナーレである。
2.塚谷晃弘・「オーボエのための二つのエスキース」

 塚谷晃弘氏は1995年10月13日急逝した。1968年、この「プレゼンテーション」の創設に力を蓋し、それ以来、多くの傑作を残してきた。
 彼は1919年東京で生まれ、1942年東京大学を卒業。在学中から諸井三郎に作曲を学ぶ。戦後1949年に「新作曲派協会」に参加。1959年と61年に芸術祭奨励賞(団体及個人)を受けている。主要作品には「弦楽と打楽器のための組曲」、「ヴァイオリン・ソロのためのファンタジア」、「コントラバスのための三章」(1981年8月)のほか能に基づく室内オペラなどがある。日本の伝統を生かした彼の現代的表現は海外からも注目され、2、3の作品がしばしば演奏されている。

 同名の作品は、1976年第7回のプレゼンテーションで初演された。当時、彼は、「1は雅楽のひちりきにヒントを得、2は古代楽曲『風俗』のなかの旋律を主体としている。そしてオーボエはその素材を新しい技術で展開している」と書いていた。しかし、彼は、これを改作し、第1曲をエグゾルティスモEXORTISMO、第2曲をエスキースEsQuisseと名付け、この2曲を一つにして「オーボエのための二つのエスキース」という曲名にした。これが、その頃の日本現代音楽協会の“秋の音楽展”で取り上げられた。本日は、この曲に基づいて演奏される。なお、エスキースとは、スケッチ又は草稿というような意味のフランス語である。
3.寺内園生・「Talk」

 ピアノを中野洋子と伊達純に、作曲と和声を寺内昭、
川井学に学ぶ。
 寺内は1959年千葉に生まれ、高校卒業後渡独し、マリアフンク女史に作曲法を学んだ。代表作には、既出版のピアノ曲集「水の城・イリュージョン」「めざめ・静かな風」「斑鳩」のほか、子供の為のピアノ小曲集として、「メルヘンの国」「小さな夢」「遊園地・宇宙船」(音楽之友社〉「動物の大行進」(音楽の友社・CDフォンテック〉「ピアノでひこうグリムのお話」(東京音楽社)「マザーグース」(全音・CDフォンテック)などデリケートな感覚と想像力豊かな抒情的作品がある。
 日本作曲家協議会会員及び音楽文化協議会会員。

 作曲者はこの曲について次のようにのべている。
 「話す」ことは日常何げないことですが、又一方では、思うことを言葉で表すのはむずかしいことでもあります。この曲「Talk」では、「互いを尊重しながら時には同調し、又すれ違いながらも、終始率直な言葉で語り合う」といったことをイメージして書きました。
4.山岸磨夫・クラリネット、チェロ、ピアノのためのトリオ“叙情的な風景Ⅱ
                      ―冬の海辺にて―

 山岸は1933年東京で生まれ、1957年東京芸術大学作曲科を卒業した。作曲は下総皖一に学んだ。1961年の「シンフォニア」と1962年の「カプリチォとパッサカリア」は毎日コンクールの管弦楽部門で入賞している。主要作品には交声曲「夕鶴」、「ヴァイオリンとピアノのための2つの詠」、「フルートとギターのための気と律」〈昭和50年度武井嘗受賞)、「弦楽四重奏曲Ⅰ」、「Ⅱ」、「ヴイオラとピアノのための変容I」、「変容Ⅱ」のほか、合唱曲「白鳥帰行」、オペラ「温羅の砦」、「交響曲Ⅰ」、「管弦楽のための変容」、「二台のピアノとオーケストラのための協奏曲」「管弦楽のための前奏曲」などを書き上げ上演されている。彼は日本の題材にイメージを求め、平易で伝統的な手法を用いながら現代的でユニークな味をもつ作品を書いているが「フルートとギターのための気と律」はハンガリーにおいて演奏されるなど盛んな創作活動を行っている。現在、作陽音楽大学教授。

 彼はこの曲について、次のようにのべている。
『会友平野充氏の詩集「海の庭」(舷燈社)のなかの海岸にて(1952年)からヒントを得た。
 冷微な空の中で燃え続けていた薔薇と薔薇と薔薇の隅から海は屋根の彼方に重い月光を孕み沖に向ってもだえていた…』
5.藤田耕平・-Far Away-

 藤田は1945年横浜で生まれ、1970年東京芸術大学作曲科を卒業した。作曲は池内友次郎と諸井誠に学んだ。
 彼は音の積重ねや淡々と流れる旋律のひびきの中に微妙な音色の変化を追求し、個性的な作品を書いている。
ソプラノとピアノのための「白鳥」は1979年のヴイオッティ国際音楽コンクール作曲部門で1、2位なしの3位に入賞している。「黙示」は1985年2月サンフランシスコでの現代音楽週間で演奏されると共に、NHK・FMより放送された。また、オーボエ・オンドマルトノ・弦楽合奏のための「時は、雨のように・‥…」が、1996年春にNHK・FMより放送された。

 作曲者は今回の曲について次のように述べている。
 「作品は、ピアノの消え入る余韻と、標題の発音に伴う響き ≪フアーラウェイ≫ を意識して制作された。制作の過程で、ベートーヴェンのピアノソナタと、メシアンの響き、修学旅行で生徒を引率して出掛けた屋久島の自然が、脳裏を行き来した。」
6.伊藤隆太・Duetto No.10 alla「残月」

 伊藤は1922年、広島県呉市に生まれた。東京大学医学部を卒業し、かたわら作曲を池内友次郎、諸井三郎、高田三郎に学んだ。第19回目本音楽コンクール管弦楽作曲部門で第1位ののち、琴曲の分析から邦楽器の作品も書き、芸術祭、米国現代コンクールなど計12の賞を受けた。
プレゼンテーションにも第18回以後、意欲的な作品を発表している。

 今回の曲について作曲者は次のようにのべている。
 琴曲「残月」(峰崎勾当)を出発点とした。原曲は2つの特性をもつ。まず追善物として作曲され、声明を思わせる声部。海岸のそこここに寄せては砕ける波、沖の彼方の空には、故人を思わせる残月。声明と音型は歌詞と共に展開する。次は「手事が打ち合わせ物」である。1段と2投、3段と4段を単独で演奏したのち、前2つ、後2つは、それぞれ同時に演奏できるように作曲されている。今回の二重奏曲は、これらの基本発想を総合し、儀式に使われる護摩の様式を考えに加え、新しい形式、語法と展開法を工夫した。
7.安生 慶・「蛾」Ⅱ-金子光晴詩集「蛾」より-

 安生は1935年東京に生まれ、成城学園より桐朋学陶音楽科に進み、管楽器を専攻。卒業後、作曲を棚瀬正氏に師事。日本現代音楽協会全員。
 主要作品には「風影一二胡とオーケストラのために、ViolinとPianoのための挽歌」、「彩画-ViolaとPianoのための幻想曲」、「弦楽四重奏曲」、「8Violaのための詩曲」、「彼方からの風景-Harpのために」、「CelloとPianoのために(♯2)」、「ピアノのための諾詩曲」、M・Sqo. Pfのための「枯野」このほか歌曲「黄泉のくに歌」(詩・花輪莞爾〉、および「酒呑童子」(詩・花輪莞爾)、などがある。

 この曲について作曲者は次のようにのべている。
 『約40編から成る金子光晴(1895~1975)の詩集「蛾」は、1945年の夏、それも終戦一週間ほど前に完成されたと云う。
 この時期-いつ終るかもしれぬ戦争の狂愚と破滅への急傾斜、それらへの絶望と歎きの中で―――書かれたこれらの詩は、不思議に優美さをたたえている。これまで常に全体主義の圧力に対し、一人の個人として鋭い牙をあらわにむき出していたこの詩人が、ここではその怒りを深く沈潜させ、全ての美しく、なつかしいものたちが滅んでゆく予感とその哀しみを、密度のある結晶体にまで高めて示している。
 この詩は、詩集と同じ表題をもつ、蛾Ⅰ~Ⅷのうち、Ⅱとされているもの。
 曲は、この蛾Ⅱみでなく、詩集全体の印象を背景に置きたいと思いつつ書いた。昨年と同じく、歌、チェロ、ピアノがからみ合う三重奏ということを念頭において。』

田村 一郎