プレゼンテーションそのⅩⅠ(11回)現代の作品


1980年1月11日(金)
東京文化会館小ホール
主催:音楽文化協議会







プ ロ グ ラ ム
1.カルマール・ラースロ
   ハンガリー参加作品 <ピアノのためのインヴェンチオーニ>
ピアノ 中野 洋子
2.クリストフリード・シュミット
   東独参加作品 <オーボエのためのエピソード「アウロディ」>
オーボエ 原田 知篤
5.藤田 耕平   <8月の光と波と,歩みと……>
ピアノ 窪田 隆
4.石井 基斐   <あぶせんと・まいんでっと>
バリトン・レジェ 村田 健司
ピアノ 平尾 はるな
5.山岸 磨夫   <チェロとピアノのための“変容”>
チェロ 松下 修也
ピアノ 久保 春代
6.塚谷 晃弘
   <オーボエソロのための作品>(シンバル助奏)
オーボエ 原田 知篤
7.松葉 良   <無伴奉チェロのための作品>
チェロ 松下 修也
8.石井 五郎(追悼演奏)  <小春の歌う唄,雑魚釣り,煙草>
バリトン・レジェ 村田 健司
ピアノ 平尾 はるな

曲目解説    田村 進
1.カルマール・ラースロ;ピアノのためのインヴェンチオーニ

 カルマール(ハンガリーでは日本と同様,姓を先に書く)は1931年生まれのハンガリーの作曲家で,フルート・ソナタ,オルガンのための2つのフーガなど,主として小曲を手がけ,伝統的形式を使って繊細できめの細かい表現をもつ作品を書いている。
 この曲は1976年に出版された。インヴェンツィオーニはいわゆるインヴェンション(創意)を意味し,彼がバッハの同名のクラヴィア曲を意識して書いたことはいうまでもない。曲は9曲からなっているが,本日は,1,4.6,7,8,9の6曲を演奏する。
2.クリストフリード・シュミット;オーボエのためのエピソード「アウロディ」

 グリストフリード・シュミット Christfried Schmidt は1932年生まれのドイツ民主共和国の作曲家。ライプチッヒ音楽院でオルガンと作曲を学び,教会音楽家及び作曲家として活動している。独自の現代的手法による彼の作品は国内だけでなく西欧からも注目され,各国で演奏されている。ピアノ協奏曲や金管五重奏曲は国内でもよく演奏されているが,「合唱とオルガンのためのミサ」が1971年西独ニュルンベルグのコンクールで,また「イントロイトス」がポーランドのコンクールで入賞して以来,彼の交響曲,協奏曲,室内楽曲も内外で演奉されるようになった。
 なお,彼は1969年以来当協会の準会員となっている。

 この曲は,オーボエの演奏技巧と音色の可能性を追求したもので,1975年に作曲され,翌年B.グレツネルによって初演された。曲は主題と3つの変奏曲という形をとっている。といっても,いわゆる変奏曲形式ではないが,主題は冒頭で12音ふうの旋律で示される。すぐ第1変奏となり,グリッサンド奏法を経て,長く引きのばされた嬰へ音のあと,第2変奏となる。第3変奏では紙,セロファン紙,布地を使い,演奏しながら言葉も挿入される。これは「一人の狩人が,ハリー,ハロー,馬に乗って王宮からでてきて緑の森を走り抜けた。ハロリロ,リロー。そして急に突走り,シュー。いまにも馬から落ちそうだった」というもの。各変奏とも全く演奏者泣かせの難曲である。
3.藤田 耕平;8月の光と波と,歩みと……

 藤田は1945年横浜で生まれ,1970年東京芸術大学作曲科を卒業した。作曲は池内友次郎と諸井誠に学んだ。主要作品には「ギター,クラリネット,ピアノのための秋の歌」,「フルート,ヴィオラ,ギターのための音楽第2番」,「弦楽四重奏曲」,「二つのフルートのための秋」舞踊付帯音楽「祈り」,「かんたん」,ヴァイオリンとピアノのために書いた「インプロヴィゼーション」,「庭」,「雅歌」などがある。
 彼は音の積み重ねや淡々と流れる旋律のひびきの中に微妙な音色の変化を追求し,個性的な作品を書いている。1976年のヴァイオリンとピアノのための「庭」は静的なたたずまいを求めたものだが,1977年の「雅歌」はこれをディナミックな面で強調したものであった。

 昨年の「打楽器のためのエチュード」はをれを更に推し進めたものと言ってよい。作曲者は今回の曲について,「作品のタイトル「光,波,歩み」は,そわぞれ作品の中の素材に名づけたもので,今回の作品の課題である統合を目ざすための,いわばキーワードです。昨年10月の京都への旅と,同年12月の「前田みち子ダンスリサイタル」での前田さんとの共演の経験が,作曲の作業の過程で,否応なく入り込んで釆て,その都度,自分自身と作品への視点の変更を迫られたようです。前回に続き,窪田さんの豊かな音色感に期待しつつ‥‥‥」と述ベている。
4.石井 基斐;あぶせんと・まいんでっと

  石井は作曲を江崎健次郎に学び,現音会員としても活躍している。主要作品には「金管三重奏曲」,ヴォカリーゼ「囁ぶ」,「打楽器とオーボエのための“LIGHT!‥‥‥end」,「NOSTALGIE」,「と・り・お」などがある。

  この曲について作曲者は,「この曲については,特に言うことは何もない」と言っている。
5.山岸 磨夫;チェロとピアノのための“変容”

 山岸は1933年東京で生まれ,1957年東京芸術大学作曲科を卒業した。作曲は下総皖一に学んだ。1961年の「シンフォニア」と1962年の「カプリチォとパッサカリア」は毎日コンクールの管弦楽部門で入賞している。主要作品には交響曲「えんぶり」,交響的変容「かるら」,オペラ「ゆや」,交声曲「夕鴫」,「ヴァイオリンとピアノのための2つの詠」,「フルート,ヴァイオリン,ギターのトリオ」,「ギターとフルートのための2つの律と気」(昭和50年度武井賞受賞),「フルート四重奏曲」,「ピアノトリオのための“乱”」,「ヴィオラとピアノのための“変容”」,「弦楽四重奏の為の二章」のほか,合唱曲「神楽歌」,混声合唱のための浄瑠璃「胸割」など多くの合唱曲がある。このように彼は日本の題材にイメージを求め,平易で伝統的な手法を用いながら現代的でユニークな味をもつ作品を書いているが,最近は各種の室内楽,あるいはオペラにまで取組み,その作品は国内各所でとりあげられるなど,盛んな創作活動を行なっている。

 この曲は2つの部分に分かれており,作曲者は「Ⅰは音色,間,控えめな表情を意としており,Ⅱは多様なリズム,テンポの変化による2つの楽器の絡み合いを意としてある。その素材はⅠに拠っている」と述べている。
6.塚谷 晃弘;オーボエソロのための作品(シンバル助奏)

 塚谷は1919年東京に生まれ,1942年東京大学を卒業した。在学中から諸井三郎について作曲を学びピアノ曲を発表したが,戦後1949年に清瀬保二や松平頼則らと共に「新作曲派協会」を結成し,それ以来現在まで室内楽を中心に多くの作品を書いている。交響組曲「祭典」が1950牢NHK佳作賞,またその他の作品が1959年と61年に芸術祭奨勧賞(団体及び個人)を受けている。主要作品には「クラリネット・ソナタ」,バレエ曲「現代の神話」,「弦楽と打楽器のための組曲」,「フルート・ソロのための4つの小品」,「ヴァイオリン・ソロのためのファンタジア」,「ピアノのための2つの前奏曲」のほか能に基く室内オペラなどがある。日本の伝統を生かした彼の現代的表現は海外からも注目され,2,3の作品がしばしば演奏され,先年,「金管のための音楽」(1971)はルーマニアでも演奏された。

 この曲について作曲者は,「ソロ奏者によってシンバルが打たれるのは楽曲にアクセントを要求する目的であるが,オーボエのソロとシンバルといった相括抗しあうものが,如何にとけあい,また反撥し合うかを実験する企図をもつ。日本の古い音楽“散楽”から暗示を得た点が多い」と述べている。
7.松葉 良;無伴奏チェロのための作品

 松葉は1919年東京で生まれ,1940年青山学院大学卒業後,日大芸術科で学び,作曲を池内友次郎と貴島清彦に師事した。立軌会々員として画壇においても活躍し,詩情に富む色彩豊かな作品を向いている。彼はヨーロッパの古典的伝統に根をおろしながらも,大胆に現代的な技法をとり入れて,独特の風格をもつ抒情性豊かな音楽的表現をつくりだしている。主要作品には弦楽のための「詩曲」,「主題と変容」,交響詩曲「心象風景」,「ピアノのための古典組曲」,「オーボエのためのパルティータ」「ヴァイオリンとヴィオラのためのパルティータ」,「ヴァイオリンとチェロのための“コンポジション’’」のほか劇音楽,バレエ,映画音楽などがある。
 彼はこれまで現代的感覚をもつ“響き”をどううちだし,どう発展させていくかという課題に取組み,1974年の「オーボエとクラリネットのための作品」ではセリエルの手法を使ってそれを追求した。1976年1月に発表した「無伴奏ヴァイオリンのための古典的パルティータ」では古典的手法で弦楽器にそれを求め,1978年の「フルートとオーボエのための作品」では1974年のイデーを更に発展させた。昨年の「2つのオーボエとコールアングレのためのコンポジション」はこうした彼の“響き”への追求の過程における一つの到達点でもあった。

 作曲者はこの曲について「この無伴奏チェロの作品は昨年夏スペインのカタロニアよりアンダルシアへスケッチ旅行をしたとき,荒れ果てた風景の中で浮んだ一つのモチーフを展開して作曲したものです。素朴な情感による全ての音の流れをチェロのひびきの中にたくしたもので,様式はバロックスタイルです。この作品はセリーの追求から離れて,4年前に発表した無伴奏ヴァイオリンのパルティータの系列に属するものといえます」と述べている。
8.石井 五郎(追悼清奉);
小春の歌う唄(唐十郎 詩),雑魚釣り,煙草(一戸謙三 詩)

 石井五郎氏は1978年1月22日他界した。この「プレゼンテーション」では毎回新作を書き,倦むことのない創作力を示していた。
 彼は1903年秋田に生まれた。舞踊家の故石井漠氏は実兄であり,作曲家の石井歓氏と石井真木氏は彼の甥にあなる。また石井基斐は彼の子供であり,その一族にはすぐれた芸術家が生みだされている。

 彼は東京の大成中学卒業後,山田耕筰や成田為三に作曲を学び,昭和4年頃から作品を発表した。昭和5年,日本で最初の作曲家連盟が15人で結成されたとき,彼はその1人として名を連らねた。昭和13年パリに留学して作曲を学び,昭和14年の毎日コンクールでは彼の「田園舞曲」が第2位,15年には「交響的序曲」が第1位に入選した。その後彼の作品は多くの注目をあびた。作品には管絃楽や室内楽などがあるが,とくに声楽曲では日本語の持味を生かした詩をとりあげ,鋭い表現をもつ独自の作品を残した。

 特に戦後は,彼にとって,日本語のもつ躍動的な生命力と美しさを生かした歌曲を書きたい,書かねばならない,そういう意欲に燃えた日々であったと言ってよい。晩年の代表作には「草野心平の詩による蛙の歌」(1971),「津軽の方言詩による三曲」(1973),「弟英六との告別」(1974),「三つの歌曲」(1976),「サーカス」(1976)などがある。

 彼は音楽文化協議会の設立にも中心的役割を果した一人であった。したがって,この「プレゼンテーション」では,彼の作品を未発表あるいは既発表であるとを問わず,今後引続き追悼の意を込めてとりあげる予完である。なお,彼の作品集も近く出版きれる。

 今回は三曲とりあげた。「小春の歌う唄」は1972年,「雑魚釣り」は1973年,「煙草」は1968年に初演された。

田村 一郎