5 おいしいしじみをつくる



 しじみが生息している汽水湖は塩分濃度の変動が激しく、しばしば酸素不足になる環境です。ヤマトシジミはこのような環境で生存しなければなりません。言いかえれば、ヤマトシジミは塩分の変動や無酸素に耐え得る能力を有していることになるわけです。どのようにして、しじみたちは耐えているのか? 著者らが宍道湖のヤマトシジミを試料として行った環境耐性の研究を紹介しましょう。

ヤマトシジミの環境耐性
まず、塩分耐性(7)では、ヤマトシジミを0‰の淡水から35‰の海水まで徐々に順応させ、生存可能か。その時の殻内部液の塩分濃度は外囲環境水の塩分濃度と同じかどうかを調べてみました(図7)


 通常ヤマトシジミは五‰前後の汽水に生息していますが、ヤマトシジミは数日間なら淡水から海水まで生存可能な強い貝なのです。この間ただ貝殻を閉じて我慢しているのではなく、しじみたちは必死で細胞内の生体成分を増やして内部の浸透圧を高め、外部の浸透圧に負けない体をつくろうとしているのです。このとき、しじみたちが増やしている成分で最も重要なものがアミノ酸のアラニンという成分です。その他いろいろなアミノ酸が塩分濃度の違いにより増減することが明らかにされています(図8)




 次いで、無酸素耐性(8)については、ヤマトシジミは無酸素の環境でも数日間は生存可能な本当に忍耐力のある貝なのです (図9)。利用できる酸素がないとヤマトシジミは殻を閉じて周囲の酸素が増えるまで耐えるのです。なんと水温20℃で8日間酸素のない状態で生存し続けられるのです。陸上の生物にとっては信じられないことですし、水棲の生物もきっとしじみはすごいというような気がします。塩分耐性と同様、しじみたちは耐えているだけではなくて、体の中の成分を駆使して酸素不足のときでもエネルギーを生産しているのです。


 このメカニズムは海産二枚貝のマガキなどでも証明されていますが、ヤマトシジミのそれはカキなどより優れています。具体的にはしじみは豊富にあるグリコーゲンを利用して、アラニン、コハク酸、プロピオン酸、酢酸などを蓄積するメカニズムで多量のエネルギーを生産しています。実際に、しじみを無酸素状態(5℃で空中に放置状態)で三日間飼育したときの生体成分の変動を図10に示しました。無酸素の進行とともにエキス窒素量(アラニンなどのアミノ酸成分)とコハク酸が蓄積していることがわかります。

 注目されるのは、塩分の変化や無酸素状態に対応するため、そして生存するためにヤマトシジミは必死なおもいでアラニンやコハク酸を増やしています。それをヒトはおいしく食べているわけです。ヤマトンジミは決してヒトのために成分を増やしているわけではなく、必死で生きるために増やしているのです。



おいしいしじみのつくり方
しじみの環境耐性をヒントとして、人為的にしじみの体内成分量を変化させることができます。一つはしじみの砂抜き方法です。どの料理の本をみましても、「しじみの砂抜さは真水で行います」と書いてあります。しかし、真水中にしじみを入れますと、体内のおいしい成分が外に出てしまいおいしくなくなります。そこで食塩や海水の素を少々(1リットルの水に約10グラム)水に溶かし、その中にしじみを入れて6時聞から12時間ぐらい砂抜きするとおいしいしじみが出来上がります。図8でおわかりのように塩水に入れると、しじみ自身がグルタミン酸、アラニン、グリシンなどを増強してくれるわけです。もちろん、これら3つのアミノ酸は旨味や甘味に関与する成分です。

もう一つは砂抜さ後、水からしじみを取り上げ空気中に六時間ぐらい放置すると一段としじみ
の味が向上します。空気中に放置することは無酸素状態にすることと似ており、何の道具や塩な
ども使用しないですむのです。この緒果、貝の旨味成分であるコハク酸や甘味に関与するアラニ
ンが増えます(図10)。これはしじみが生きていないとできないことです。生きているしじみの
すごいところを理解していれは、しじみはわたしたちの気持ちを察しておいしくなってやりま
しょうと努力するのです。

おいしいしじみ汁のつくり方
 上記のような砂抜きをしたしじみを使ってしじみ汁をつくっましょう。調理方法は簡単です。300ミリリットルの水に約200グラムのしじみを入れて、強火で沸かします。沸騰したら中火にし、殻が全部開くのを確認します。ときどき灰汁をとれば出来上がりです。熱いうちにお召し上がりください。色と香りと味の三身一体のしじみ汁の完成です。調味料は一切使用していません。