汽水域の特徴
しじみの中で現在最も漁獲量の多いヤマトシジミは汽水域に生息しています。日本では汽水域といえば、河口域より汽水湖のほうがなじみやすいような気がします。そこで、汽水域の一般的な特徴を次に示します。
① | 水深の浅い湖が多く、狭い水路によって外海と自由につながっている。そのため、潮汐の影響による水の出入りがあり、外海との物質交換がなされている。 |
② | 河川からの有機物や栄養塩が肥沃である。 |
③ | 水深が浅いので、生物にとって太陽エネルギーを利用しやすく、しかも肥沃であるから、生物の生産量が大きい。 |
④ | 湖水は停滞しやすく、自然の沈殿池の役割を果たしている。 |
⑤ | 塩分躍層が生じやすく、さらに夏季の低層水は酸素不足になり、底泥からの燐酸の溶出が多い。 |
⑥ | 生物群は、汽水域の固有種に加え、海水産種と淡水産種も進入し、多彩な生物相がみられる。 |
また、汽水湖には、塩分濃度の著しく変動しやすいタイプと、塩分濃度が比較的安定するタイプがあります。ヤマトシジミの漁獲量の大きい湖の代表である宍道湖は前者のタイプです。これらの湖では潮汐や気象の影響により、塩分濃度が0.5~10‰ぐらいの幅で容易に変化します。このように、塩分濃度が時間的な推移に伴い変動する汽水湖を変塩性汽水湖といいます。河川が直接海にそそぐ河川域の多くもこの型の汽水域です。変塩性汽水湖では、塩分が最小値に近づくにつれて死滅してしまう淡水産種がみられ、塩分濃度変化の激しさが生物の種類と量を制限しています。
他方、塩分濃度が垂直的には変化していますが、時間的な推移ではその濃度が変動することがない湖は塩分濃度が比較的高濃度で安定した状態を保っています。このタイプの湖を低塩性汽水湖といいます。このような汽水湖ではヤマトシジミは生息できないのが普通で、かわりに一般的に海産種に分類され、多少塩分濃度が薄くても生存可能なアサリやサルボウガイなどが多く生息しています。
ヤマトシジミのすみか
ヤマトシジミの生息環境については島根県水産試験場三刀屋内水面分場の分場長中村幹雄氏が詳細に研究しています。中村氏の報告(3)によりますと、ヤマトシジミが好むすみかは、薄めの適度な塩分濃度(5‰付近)で水の動きがよく、攪拌されて酸素がたくさんある砂底質(底土として粘土質の少ない底質)を好むといいます。ヤマトシジミの生産地である宍道湖は沿岸部の広大な湖棚がまさしくヤマトシジミの絶好のすみかで上記の条件をすべてみたしています。
ヤマトシジミのすみかと同様の汽水域に生息しているヤエヤマヒルギシジミがいます。このしじみは塩分約10‰前後の汽水で、マングローブ林の泥の下に棲んでいます。八重山諸島の河川の河口付近から中流域までの範囲で汽水域が広がり、かなり塩分が濃くなるところにも生息するといいます。乱獲と汽水域の汚れによりかなり資源が少なくなっているようです。
一方、淡水にいるしじみとして琵琶湖水系特産のセタシジミと日本全国の河川中流付近に生息するマシジミがいます。淡水産の2種のしじみも、好ましいすみかが淡水であることを除けばヤマトシジミと同様だとおもいますが、琵琶湖の汚染により、酸素量が十分な砂底質の湖棚部分が消失し生息数が減少しているといいます。
また、ナシジミについては以前は全国のほとんどの河川で漁獲されていましたが、一般家庭排水や工場廃水などによる汚染や河川の改修によるコンクリート護岸工事などにより、酸素や水の流れがほどよい砂底質の浅瀬が汚れたり、なくなってしまい、マシジミの生産はほとんどないのが現状です。このような状態で日本はよいのでしょうか?