御手水舎
参詣者もあまりいないらしく、手水舎の水は枯れて水を供給する水道も見当たらなかった。
雷電神社拝殿
山の上にしては立派な拝殿だったが扉は閉じられていた。
社庫
神楽の道具などが閉まってあるのではなかろうか。雷電神社の社庫。
御神楽殿
足利市重要文化財(無形文化財)
足利雷電神社 大和流神代神楽 一件
雷電神社の草創は古く、天喜二年(一〇五四)の足利成行の両崖山築城にまで遡ると伝えられ、その後、長尾氏三代目の景長が両崖山城修築の際に城の守り神として、永正九年(一五一二)に社殿を造営したといわれる。
雷電神社の神楽は、明治十一年に神殿改築と同時に神楽殿が造営され、伊勢西国から伝えられた大和流代神楽が演ぜられ、今日まで継承保存されてきたもので、舞衣装、道具等も揃い、同系統の樺崎八幡宮や示現神社のものと遜色のない立派なものである。
昭和六十年八月二十六日 指定
足利市教育委員会
御神楽殿横の解説板より
拝殿と本殿
横から見ると拝殿の後ろに小型の本殿が見える。
本殿の横にごく新しい記念碑があった。
平成天皇御即位にあたり
御神殿増改築並に
若宮様新調移転
神社境内の造成
駐車場整備山道の
桜植樹記念
平成元年四月吉日
とあった。