海の公園に寄せて
横浜海の公園今昔
シーサイドラインの開通によって、一気に誰にも身近な海岸になった海の公園ですが、短いながらも長い歴史の間には様々な事がありました。
横浜海の公園は横浜市の南端金沢区にあり、もう少し行けば横須賀市という場所にある人工海浜で、人出が多い事で、今や日本一有名な潮干狩り場でしょう。
夏島貝塚の場所をしるす石標
海の公園の砂浜がオープンしたのは1980年。金沢八景一帯は昔からアサリの名産地として知られ、縄文時代早期の貝塚である夏島貝塚もあります。造成の計画段階から潮干狩り場として期待されていたのでしょう。余程アサリの繁殖に自信があったのでしょうか、千葉の浅間山の山砂を5年間東京湾底に置いてなじませた後、海岸の造成に使用したという事です。
綿密な計画のもと、潮干狩り場としてデビューすることになりました。開場当初一回だけ、地元のアサリ問屋が有明海のアサリを放流したという事です。これについて、今まで噂は色々あったけれど、放流した知人の社長本人から、自分が最初に頼まれて一回だけ放流したと、この耳で聞いたので間違いありません。注文があればいくらでも放流すると笑っていたけれど、今は自然繁殖が売り物の海岸なので、その必要はなさそうです。
ツタに覆われ何も見えない夏季の夏島貝塚の石碑
ちなみに夏島貝塚の石碑は夏季にはツタに覆われて、こんな事になっていました。道路沿いにツタの繁茂が続いているので、この状態で石碑を見つけるのは大変です。石碑に興味がある方は、ツタが枯れる年明けにお出かけください。この写真ではツタを少しかき分けて石碑が見えるようにしています。
その後は年によっての増減はあるものの、無料で潮干狩りが出来る名所として現在に至っています。私はオープン翌年から通っていますが、最初は採る人も少なくて、大きなアサリがいくらでも売るほど採れました。実際売っている人達がいて大問題になった事もあります。ともかく新鮮で美味しいという評判で、料理店などが喜んで引き取っていたという話も聞こえてきました。まあ連日大型器具で大量に採る人達が沢山いたのですから、消費先もそれだけあったのでしょう。
いつも海水浴客の安全を守るライフガード
潮干狩り場から8年程遅れて海水浴場としてもオープンしました。そして大都市横浜に唯一の潮干狩りも出来る海水浴場が誕生したわけです。
時代を考えると、これからこの規模の海岸を、新たに造ろうと考える自治体があるだろうかと考えてみます。砂を掘る時には頭の片隅に、埋め立てだけではなく、一緒に砂浜も造った横浜市への感謝の気持ちを、忘れないようにしたいものです。
シーサイドラインの開通で海はますます近くに
JR根岸線新杉田駅から海の公園を通って、京浜急行金沢八景駅までを結ぶシーサイドラインが開通したのは1989年なので、それ以降は潮干狩り帰りのアサリの重量からも、解放されることになりました。同時に海の公園全体も整備され、駐車場も完備して、潮干狩り客も飛躍的に増えることになります。現在、柴口駐車場1064台、磯浜駐車場362台、臨時駐車場262台、3ヶ所を合わせて1,688台が駐車可能。
海の公園で一番駐車数の多い柴口駐車場
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