史上最強の潮干狩り超人 しじみのおいしさ:品川明

4 しじみのおいしさ



食物のおいしさ
 しじみのおいしさについてはなす前に、一般的な食物のおいしさについて説明しましょう。図3に食物のおいしさに関与する要素を載せました。食物の味は、まず甘味、酸味、塩味、苦味、旨味の五つの基本味より構成されます。それに渋味や辛味などが加わり、味覚として認識します。次いで、食物を口に入れたとさに感じる香りがプラスされ、風味として臭覚を加えた感覚が加わります。さらに、硬さや粘度などのテクスチャーや熱いとか冷たいとかを感じ取る触覚、食物の色や形を視覚で、たくわんたどを咀嚼するときの音などは聴覚で感じ取り、五感すべてから食物の食味を認識するのです。加えて、雰囲気とか食習慣とか健康状態などが関与して総合的に感じるのが食物のおいしさなのです。



呈昧成分
 味覚を刺激する成分は呈昧成分(表5)と呼ばれています。不揮発性の成分が多く、アミノ敢、ヌクレオチド、有機酸のナトリウム塩、無機塩類、糖などがあり、それぞれ特有の味を有しています。また、低分子の脂肪酸、アミン類、有機酸などの揮発性成分は食品に香りを与える成分、香気成分と呼ばれています。食品を食べるとまず香りをかぎ、舌で味わい、かみ砕いているうちにロの中から鼻に抜ける独特の香気が発生し、食品本来の風味が認識されると同時にある種の満足感を我々に与えてくれます。このように、呈味成分と香気成分とは食品の風味にはなくてはならないものです。


遊離アミノ酸 うま味 昆布のグルタミン酸、アスパラギン酸
甘味 エビ、カニ、ホタテガイのグリシン
ヤマトシジミのD.L-アラニン
スルメイカのプロリン、アカガイのβ‐アラニン
苦味 トリプトファン、メチオニン、パリン(ウニ)、ロイシン
酸味 グルタミン酸、アスパラギン酸
ヌクレオチド うま味 カツオ節のイノシン酸(IMP)
シイタケのグアニル酸(GMP)
有機酸 酸味 果物のリンゴ酸やクエン酸、
乳酸飲料の乳酸、すしの酢酸
うま味 貝類の酒のコハク酸
無機塩類 塩味 食塩のナトリウム、塩素
苦味 Mg2+、Ca2+、K+
糖類 甘味 ショ糖、ブドウ糖、果糖、麦芽糖
食品本来の味 グリコーゲン

表5 諸種呈味成分




呈味成分の研究法
 しじみのおいしさを探る前に、おいしさを決める研究方法について簡単に触れておきましょう。その研究方法の概略を以下に示します(図4)。はじめに、食品試料のエキスを調製します。エキスとは食品を磨細した後、水や熱水または種々の溶媒(エタノール、トリクロロ酢酸、過塩素酸など) により得られる抽出液のことをいいます。次に、これらのいずれかの方法により得られた抽出液が食品の味をよく反映しているかどうかを確認します。


図4 呈味成分の調べ方(5)

 鮮明に味が確認された後、エキス中に存在する成分の分析を行います。エキス成分の定義ですが、タンパク質、脂質、色素、ビタミンなどの高分子の有機物を除いた低分子成分をエキス成分と呼んでいます。すなわち、遊離アミノ酸、ペプチド、核酸関連物質、4級アンモニウム塩基、オピン類などの含窒素低分子化合物と有機酸、糖質などの無窒素低分子化合物がエキス成分といわれます。また、味との関連でグリコーゲンや無機塩顆をエキス成分として扱っている例もあります。このような呈味に関連の深いエキス成分を分析することが次の作業になるわけです。呈味成分が詳細に分析されたアサリの例を表6に示しました。


タウリン 555  シスチン -  イノシン 11
アスパラギン酸 18  フェニルアラニン 3  TMA 4
トレオニン 5  β‐アラニン 2  TMAO 3
セリン 7  β‐アミノイソ酪酸 1  シュウ酸 119
グルタミン酸 90  アンモニア 1  コハク酸 65
プロリン 3  オルニチン 2  マンノース 3
グリシン 180  トリプトファン 3  グルコース 3
アラニン 74  リシン 6  ナトリウム*) 368
パリン 4  ヒスチジン 3  カリウム 273
メチオニン 3  アルギニン 53  カルシウム 52
シスタシオニン 2  ベタイン 42  マグネシウム 40
イソロイシン 3  ADP 9  塩素 452
ロイシン 5  AMP 28  リン酸 72

*ナトリウム以下はイオンとしての含量
表6 アサリのエキス成分 (mg/100g)(6)


 このようにして明らかにされた成分を、市販の高純度の薬品を用いて分析値どおりに混合し(合成エキス調製)試飲して官能検査を行います。合成エキスがアサリの味をよく再現している場合には、次のオミッションテストに進みます。オミッションテストは、一つの成分あるいは成分群を除いた合成エキスとすべての成分を含む合成エキスと味を比較ることにより行われます。ある成分(群)を除いた場合に、もとの合成エキスと著しく味が変化した場合、その成分は呈味の発現に関連していることがわかるわけです。この操作を合成エキスを構成するすべての成分に順次適用していくことにより、呈味に有効な成分がわかるのです。

 アサリの呈味有効成分はこれらの実験により、グルタミン酸、グリシン、アルギニン、タウリン、アデニル酸(AMP)、コハク酸、ナトリウムイオン、カリウムイオ/および塩素イオンの9種類であることがわかりました(図5)



しじみのおいしさ
ヤマトシジミの料理として盤も親しまれているものにししみ汁があります。おいしそうなししみ汁を見て感じることは白色の澄んだ汁の色です。次いで汁を口に近づけるとそこでなんとも上品なしじみらしい独特の香りがします。さらに、汁を飲んでみると濃厚なしじみ特有の味わいを感じさせてくれます。加えて、鼻に抜ける香りと温かいものが体を通過したとさ、しじみ汁のおいしさが全身にしみこんできそうです。ひとつまみ、身を貝からはずし口に入れると、温かで軟らかく味わい深いしじみが堪能できます。

 そこでしじみ中で最もおいしいとされるヤマトシジミについて、上記のアサリの研究と同様の方法で呈味成分の解明にとりかかりました。筆者らが分析した呈味成分を表7に載せました。ヤマトシジミのエキス成分をアサリと比べてみますと、タウリン、グリシン、アルギニン、ベタイン、シユウ酸が少なく、反対にプロリン、アラニン、β-アラニン、オルニチン、グリコーゲンが多いという点が違っているようです。

タウリン 4  シスチン -  イノシン -
アスパラギン酸 9  フェニルアラニン 4  TMA -
トレオニン 9  β‐アラニン 48  TMAO -
セリン 5  β‐アミノイソ酪酸 1  シュウ酸 -
グルタミン酸 84  アンモニア 2  コハク酸 67
プロリン 39  オルニチン 40  マンノース 9
グリシン 24  トリプトファン 2  グルコース 4
アラニン 168  リシン 7  ナトリウム*)
パリン 9  ヒスチジン 4  カリウム 3500
メチオニン 3  アルギニン 17  カルシウム
シスタシオニン 1  ベタイン -  マグネシウム 198
イソロイシン 5  ADP 25  塩素 260
ロイシン 7  AMP 50  リン酸 335

     *ナトリウム以下はイオンとしての含量
     表7 ヤマトシジミのエキス成分 (mg/100g)

 この桔果からヤマトシジミの呈味有効成分を推定しますと図6のようになります。グルタミン酸、D・L‐アラニン、コハク酸、アデニル酸、グリシン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、塩素イオンおよぴグリコーゲンの10種類がヤマトシジミのおいしさを左右する成分と考えています。特に、しじみらしい味の秘密はアラニンとコハク酸の存在にあるような気がします。