臨港パークから赤レンガ倉庫を回る海辺のコース


汽車道



ナビオス横浜は船員や海事関係者用の宿泊施設。一般人でも利用可能らしい。建物におおきな穴が空いていて若干の不安を感じるが建築技術の進歩の証明といった所だろう。


ナビオス横浜の大きな穴の下を汽車道が通っている。ナビオスの開業が1999年なので、汽車道をふさがない形でナビオスが建設されたというのが正しい。


汽車道はかつて桜木町方面から赤レンガ倉庫横の横浜港駅までを走っていた臨港線の廃線跡で、1989年の横浜博覧会中には期間限定で列車が走っていた。


ナビオスからすぐに最初の鉄橋である港第3号橋梁(きょうりょう)がある。第三号橋梁は当初よりこの場所にあったわけではなくこの場所を汽車道として整備する際に夕張川の橋梁の一部を移築したもの。


港第三号橋梁の下は船着場になっていて京浜フェリーボートが運営する中華料理船 「海龍」 が停泊していた。



第三号橋梁のみトラス(3角形を基本に組み上げた構造のこと)が小さく高さが2m程しかない。他の2つがアメリン・ブリッジ・カンパニー製であるのに対しこちらはイギリス製。


汽車道のレールは枕木を模した敷木がレールと同じ高さまで敷かれて遊歩道となっている。細いハイヒールや細い杖の先などは隙間に入り込んで事故になる可能性があるので注意書きがあった。


汽車道から眺める北側の景色は新しい横浜が楽しめる。3つ並んだクイーンズタワー3棟と横浜ベイホテル東急。


ランドマークタワーは近くで見るとやはり他を圧する高さだ。


港第二号橋梁は先の港第三号橋梁に比べると圧倒的にトラスが大きく高さがある。詳しくは次の解説板よりを。

港二号橋梁


MInato No.2 Bridge
この橋は、明治40年(1907)にアメリカン・ブリッジ・カンパニーで製作され、明治42年(1909)に架設された100フィートの複線トラス橋です。重量機関車の出現により、それまでのイギリス系トラス橋にとってかわり、明治30年代から主流となったアメリカ系トラス橋の遺構として貴重なものです。
港第二号橋梁の解説板より転載


汽車道はプロムナードとして整備されているので、歩行者専用道路であり自転車でさえ進入禁止。誰でも安心して歩ける散歩道だ。秋も深まって木々も色づき始めていた。


横浜博覧会の後一度は撤去された大観覧車だが、こうして見るとすっかり新しい横浜の景色に溶け込んでいる。

港一号橋梁


Minato No.1 Bridge
この橋は、明治42年(1909)に鉄道院によって架設されました。2連の30フィート鈑桁橋(ばんげたきょう)と100フィートの鋼プラット・トラスト橋(クーパー型トラス橋)からなっています。100フィートのトラス橋は、明治40年(1907)にアメリカン・ブリッジ・カンパニーで製作され、港二号橋梁と同形のものです。
港一号橋梁の解説板より転載


一番桜木町側にある港一号橋梁。上の解説板のように手前のトラス構造の先は単純な2つの鈑桁で出来ている。


港一号橋梁を渡ったところで汽車道は終わりとなる。それと同時にレールも途切れ桜木町側のタイル畳の歩道にそのまま繋がっている。


桜木町から汽車道に入る際はこの表札を見てから入ることになる。





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