臨港パークから赤レンガ倉庫を回る海辺のコース


赤レンガ倉庫



カップヌードルミュージアムパークから客船ターミナル入口交差点を抜けてまっすぐに進んでいくと赤レンガ倉庫が見えてくる。突き当たりの赤レンガ倉庫の前面は赤レンガパークの駐車場。


広い道路を横切ればそこは赤レンガパークで赤レンガ倉庫が正面に見える。整備される前の赤レンガ倉庫を見学したことがあったが、赤レンガ倉庫は、ただのガラクタ(に見えた)とホコリだけのガランとした倉庫だった。現在は整備されて多くの店舗も入り観光地化している。こんな名所になるとは思いもしなかった。


北側にある赤レンガ倉庫2号館。2号館の方が1号館の倍近く長く大きい。ベランダ風の外廊下の作りが西部劇で良く見るような建物を思わせる。地震が多いわが国ではレンガ造りは一般的ではないが、赤レンガ倉庫はレンガの中に鉄骨を通して地震対策としているそうだ。


右は赤レンガ倉庫1号館。一号館には多くの店舗が入っている。左は赤レンガ倉庫2号館の表側。ベランダがある方は裏側になる。今日は平日で空いているが、休日には1号館と2号館の間の広場を使って様々なイベントが頻繁に行われている。



2号館の前にはかつて敷かれていた線路の一部がそのまま残っている。人が多い日は結構気づかない。一直線に見える日は貴重かもと思った。


2号館の1階部分にはカフェテラスが並んでいて休日は賑わっている。今日は暇そう。


シーバスから眺める赤レンガ倉庫はランドマークタワーをはじめとして周りに白い建物が多いため、赤レンガ倉庫の2棟は一際美しく海上に浮かんでいるように見える。


赤レンガパークの地図と右にはシーバスと横浜クルーズの案内板がある。大きさの割りにイラスト的な簡単な地図。


赤レンガパークには、かつてこの場所にあった旧横浜駅まで伸びていた線路の跡が残されている。レールの高さまで石畳が敷かれて歩行や車椅子などに支障が出ないように配慮されている。

旧横浜港駅プラットホーム(旅客昇降場)


Old Platform of "Yokohama Minato" Station
「横浜港駅」 は、明治44年(1911)、横浜税関構内の荷扱所としてつくられ、大正9年(1920)7月23日、「横浜港駅」 となり、東京駅かた初の汽船連絡列車が乗り入れました。列車はその後、「岸壁列車」 などと呼ばれて親しまれました。
関東大震災の復興期、昭和3年(1928)当時の花形外航ターミナルにそって旧「横浜港駅」の「プラットホーム」 が設けられ、華やかな海外航路時代の最盛期をむかえました。
「赤れんがパーク」 の休憩所として保存再利用にあたり、痛んでいた上屋は新材料で復元しています。

連絡列車のエピソード
●大正9年7月23日 日本郵船「香取丸」 の出向に向け、2等115人3等116人を乗せた連絡列車が東京からの乗り入れ第一号。
●戦後、昭和32年8月28日「氷川丸」 出航時の再開。
●昭和45年10月10日、11、18日 SL-D51が東京駅・横浜港駅間を走る。またこれば同区間を走る最後の列車となった。

プラットフォームから見た4号岸壁のイベント(昭和3年~)
●昭和3年日本郵船「これあ丸」 の出航がプラットホーム利用の第一号
●昭和4年英王室よりグロスター公が「サフォーク号」 で来日
●昭和5年高松宮御夫妻「鹿島丸」にてヨーロッパに出港
●昭和5年 「秩父丸」 がサンフランシスコへ処女航海
●昭和34年宝塚歌劇団一行 「氷川丸」 にてカナダ、アメリカ公演に出航、5千人の見送りでにぎわう
●昭和35年、氷川丸最後の航海に出航 (この後氷川丸は横浜港のシンボルとして現在に至る)

東京→横浜港駅の時刻表より
●東京駅発午後1時5分→新橋→品川→午後1時56分横浜港駅プラットホーム着 所要時間51分、帰りは3時25分横浜港駅発であった。(昭和3年)
●この列車は外航船出帆日の臨時便で「御乗車ノ際ハ予メ御問合セ下サイ」 と追記してあった
●運賃は東京・横浜港駅間 2等1円6銭 3等53銭 当時はカレーライスが15銭ぐらいである。
旧横浜港駅プラットホームの解説板より転載


解説板によるとレールと右手にあるトイレの間に上屋が造られていてその先に船舶接岸用の岸壁があったという。


赤レンガパークの旧横浜港駅傍のトイレ全景。このあたりがかつての接岸用岸壁になる。ここから氷川丸などが出航して行った。


赤レンガパークの休憩所。足にはツタが絡まって趣もあるが、ピラミッドの中心にはパワーが集まるとされる小さなパワースポット。


赤レンガパークにはピラミッド型の休憩所が3つある。歩きつかれた時にはこの中でパワーを充電しては如何。休日は中々の倍率。


赤レンガパークの広々とした護岸。桟橋が海に突き出ていて、ここでシーバスや観光用の横浜クルーズに乗船できる。


赤レンガパークの護岸からは、大桟橋が眼前に見えるが、今日は結構歩いたのでまたの機会にしたい。


赤レンガパークの中心部には「かもめハープ」 と名づけられた真っ白のモニュメントが立っている。
傍のプレートには
この作品は、人が集い、経済が豊かで、心が豊かなよこはまを夢見て社団法人横浜青年会議所が創立50周年(2001年)を記念し、横浜市へ寄贈したものです。デザイン 井上みすず 寄贈 社団法人横浜青年会議所
2002年7月吉日
とあった。

旧税関事務所遺稿(右突堤中央事務所)


Remains of Center Office of Customs House Annex
これは大正3年(1914)5月に建設された税関の事務所遺構です。レンガ造りスレートぶき、3階建のゴシック様式の建物でしたが、大正12年(1923)9月1日、関東大震災により床や屋根が消失したため、復旧されないまま埋めもどされて荷さばき用地となっていました、「赤レンガパーク整備」のための工事のさいに発見され、現在、歌壇として利用しています。
しゅん工時、1階には「硝子張天井」のホールと受付カウンター、2・3階には事務所や応接室、外航船や荷役のための貸事務所がありました。
ガス暖房や電気照明も完備されていました。
旧税関事務所遺稿の解説板より転載


解説板の写真を拡大してみると正面が1階の玄関部分になる。2、3階に行くには反対側の階段を使用したとのこと。


こちらは遺構の西側になり1階の玄関部分の下の部分になる。


レンガの遺構は近くに寄って見ることが出来る。レンガの積み方はたぶんイギリス積みの変形だと思われる。


遺構の周りを一周してみると旧税関事務所は結構大きかったことが判った。


赤レンガ倉庫から汽車道を通ってJR桜木町駅方面に向かうことにする。赤レンガ倉庫交差点を渡り、ランドマークタワーを目指して歩いていく。


ランドマークタワーは何処にいてもさすがに目立つ。右手はワールドポーターズ、左がナビオス横浜。





sitemap